表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朱の山  作者: 晦ツルギ
第二幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

82/107

幕間 ―銀灰と少年の眼差し―

資料館の前に、エンジンの低い唸りが残っていた。

銀灰のボディが陽光を吸い込み、微かに鈍く輝く。翔流は運転席から降りると、誇らしげにボンネットを軽く叩いた。


「美音さん!みてみて!これ、知り合いのクルマ屋にまだあったんだ。新車だぜ!」


その顔は、少年のように無邪気だった。

一つ前の型、クールグレーメタリックのインプレッサは、彼の静かな情熱をそのまま形にしたように見えた。


美音は目を細め、微笑んだ。

「また派手なの選んだのねぇ。すごい羽根付いてるよ」


「えー!でもこれ、かっけぇっす!翔流にぃに似合ってるかも!」

隣で香織が身を乗り出すようにして車体を見上げる。翔流は嬉しそうに頷いた。


「うんうん、香織はわかってるねぇ」


「美音ママのミニも好きっすよ!屋根が開くとことか可愛いし。お菓子の箱みたいで好き!」


「あれもいいよな。スポーツモデルだし」


「え?そうなんすか?」

「え?そうなの?」

美音と香織の声が重なった。


翔流は肩をすくめ、少し得意げに笑う。

「まさかのオーナーが知らなかった展開かよ。あれはクーパーSって言って、スポーツグレードなんだよ」


「でも、オートマよ?」と美音。


「そりゃー今どきはオートマのスポーツモデルだって沢山あるさ」


「翔流にぃのはマニュアルみたいっすね」

香織がシフトノブを覗き込むようにして言う。


「これはスポーツというよりレースモデルだしなぁ。買ったとこ、昔バイトしとことある店なんだけどね。

ラリー用に新車未登録で買ったらしいけど、ラリーやるの止めてサーキットメインの店になって、倉庫に寝かしたままだったらしいよ」


美音は感心したように車を眺める。

「掘り出し物ね。…高かったんじゃないの?」


翔流は鼻をかきながら、少し照れくさそうに笑った。

「なんかね。このクルマ、お前が乗るのを待ってたんじゃないか?なんて言われてさ。めちゃくちゃ安くしてくれたんだ」


香織が助手席を覗きこみながら「うわー、シートかっこいい!」とはしゃぐ。

その横顔を、美音は静かに見つめていた。


翔流の頬には、久しぶりに年相応の表情が戻っていた。

それが嬉しくて、美音はそっと微笑む。


――あぁ、この子は、やっぱり此処に帰ってくるんだな。


「ほら、美音さんは助手席、香織は後ろに乗って。ちょっと走ろう」


翔流がそう言うと、香織はぱっと笑顔になって後部座席へ駆けこんだ。

美音は少し呆れたように肩をすくめながら、助手席に身を預ける。


「……あんまり飛ばさないでよ?」

「翔流にぃ!飛ばして!」


今度は真逆にハモった声が響く。翔流は苦笑しながらエンジンをかけた。


「まだナラシ中だから飛ばさないよ。ほら、ちょっと上の公園まで行って缶コーヒーでも飲んでこよう」


低い唸りとともに、インプレッサが滑るように発進する。

坂を上る風が三人の髪を揺らした。

シートに押し付けられるような加速Gを感じ、美音は慌てた声を上げた。

「ちょっ…ちょっと飛ばさないって言ったじゃない!」


「こんなの飛ばすうちに入らないさ」


助手席で美音が声を上げる一方、後ろの香織は笑い声を上げていた。

「この車速ーい!最高だよ、翔流にぃ!」


「はいはい、あんまり調子乗って飛ばすと美音ママが怒るから、これ以上は出さないよ」


ふと、美音が窓の外を見つめたまま小さく呟く。

「…こんなに飛ばしてるのに、全然揺れないのね」


「そりゃそうさ。なんたって腕がいいからね」


「やっぱ翔流にぃ、凄い!出来ないことは無いんすか?」

香織が目を輝かせる。翔流は少し考え、ハンドルを見つめたまま答えた。


「……。

…恋人……かな」


車内に、わずかな沈黙が落ち――

やや時間を開けて3人の笑い声が木霊した。


山の風が吹き抜け、銀灰のボディが陽を反射した。


まるで、三人の時間が少しだけ輝いて見えるように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ