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朱の山  作者: 晦ツルギ
第二幕

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81/107

幕間 ―風祭美音の仮説―

夕刻の郷土資料館。

窓の外には、茜色に染まった朱山。

日が傾くたびに山肌が燃えるように赤く光り、その光が展示室の床まで届いていた。


机の上には古地図。

風祭美音は、その上に白い指をすべらせながら言った。


「ねぇ、見て。昔は“龍頭山”と“龍体山”って、きっと繋がっていたのよ」


翔流が覗き込む。「一つの山だったってことか?」

「あの毒の絵のヤツっすか?」と香織。

「なんだよ毒って?」

「前にあったっすよ。塗料に毒素含まれてる朱山の絵が。あれも朱山と向こうの山とが繋がってたっす」


「えぇ。よく憶えてたわね。ここを見て。今の朱山から龍体山に繋がりそうなここ、“首”の部分、線が不自然に途切れてるでしょう?

 このあたり――つまり、今の市街地。

 ここを龍城家の始祖が削って、山を“分けた”の」


香織が首をかしげる。

「山を分けた…それが“龍を斬った”ってやつっすか?」


「そういうこと。あれは本当に“斬った”んじゃなくて、山脈を“断った”のよ」

美音は穏やかに微笑みながらも、その目には確信が宿っていた。

「この土地は昔、龍脈――つまり大地の力の通り道――が暴れていてね。

 地震や地割れ、地滑りが絶えなかった。

 だから龍城家の始祖は、その流れを観察して“首”の部分を切り取った。

 龍脈を分断することで流れを緩やかにし、土地を安定させたの」


翔流が腕を組む。

「なるほど。…それで“龍を斬った”伝承になったとするのか」


「そう。たぶん、人々に理解できるように物語化されたのね。

 “悪しき龍を討った”っていう英雄譚に変わっていった。

 でも実際は、龍城の始祖はこの地を救った“土木技術者”だったのよ」


香織が少し興奮気味に口を挟む。

「それって、八岐大蛇の話と似てません? 治水工事の説あるやつ!」


「ふふ、そうなの。それを参考にしたのよ。

 “龍を斬る”も“水を治める”も、人が自然と共に生きるための行い。

 時代が変わると、それが神話になるのね」


美音は地図の一点を指さした。

「ここがその“分け目”。

 人々はこの地を“分山わけやま”と呼んでいた記録があるの。

 龍を断ち、山を分けた土地――それが“分山”」


香織が小さく呟く。

「…分山、かぁ。確かにそんな響きっすね」


「けれどね――この山は、昔から季節を問わず紅葉してたみたいなの。

 年中、山が朱く染まる。“朱い山”。

 そう呼ばれるうちに、“分山”の名は訛って、“朱山あけやま”になったのよ」


翔流が感心したように息をつく。

「なるほどな…地名の変化まで一本の線でつながってるワケだ」


「ふふ、これが“朱山土木工事説”。

 別名、“朱山の名前の由来――分け山仮説”ね」

美音は少し照れたように笑った。


香織が目を輝かせる。

「え、すごい!なんか映画みたいじゃないっすか!」


翔流は少し黙ってから、窓の外を見た。

「…でもさ。その“流れを断たれた龍脈”って、今はどうなってるんだ?」


美音は目を伏せ、静かに紅茶をひと口。

カップを置く音が、展示室に小さく響いた。


「そこがね…“朱の咎”につながるんじゃないか、と思ってるの」


香織が息を呑む。翔流も顔を上げる。


「流れを断たれた龍脈の気は、行き場を失って地の底で渦を巻いた。

 その力が、人の心――とくに弱った心に触れると、形を持たない“歪み”として現れる。

 それが“朱の咎”。」


翔流は腕を組んだまま、小さく呟いた。

「…つまり、断ち切られた自然の怒り、か」


「そう。だけど“咎”そのものには意志なんてない。

 宿した人の心の揺らぎが、その形を決めるの。

 怒りなら爪、拒絶なら鱗――人の感情が“咎”を形作るのよ」


美音は窓の外に視線を向けた。

朱山は夕陽を受けて燃えるように紅く、まるで生きているかのようだった。


「龍を斬り、土地を得て、人が住めるようになった。

 けれど、流れを断った代償は今も残っている。

 …朱山は、今も息づく“龍の体”そのものなのかもしれないわ」


翔流はその言葉を静かに噛みしめながら、美音を見つめた。

その朱い髪に映る夕陽が、まるで龍脈の残光のように見えた。


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