第二章 その6
試験前最後の昼休み。
ほとんどのものが食事も済ませ、思い思いの時間を過ごしている。
雑多な空間――笑いあう声、じき訪れるテストに向けてノートを開く姿。
誰かの名前を呼ぶ声と教科書や参考書をめくる音が幾重にも重なり合う教室のなかで、陽菜はひとり、窓際の席に身を沈めていた。
机に肘を置き、頬杖をつきながら窓の外をぼんやりと眺める。
青い空には大きな夏の雲がもくもくと湧き上がり、白さの濃淡が日差しを反射してきらめいている。
吹き込む風にカーテンが揺れ、頬を撫でる空気はもう春の軽さを失い、じっとりとした夏の気配を含んでいた。
陽菜は目を細め、そのまぶしさに心を奪われるように、静かに瞬きを繰り返していた。
そんな陽菜に、翔流が気さくに声をかけた。
「なあ、さっきのテスト範囲さ――」
その瞬間、胸が跳ねた。
自分に向けられた声、自分だけを見ている瞳。
ただそれだけのことが、心臓を熱く震わせ、世界が一気に鮮やかになる。
声が返せない。けれど、返事をしなくても伝わってしまう気がした。
――彼が自分を見ている。それだけで胸がいっぱいだった。
次の瞬間。
背後の窓ガラスに、ピシリと鋭い音が走る。
陽菜の心が踊った拍動と重なるように、透明な板に白いひびが浮かび、じわじわと広がっていく。
「え……なんで……?」
胸の奥で言葉が途切れる。
周囲の生徒たちがざわめき、慌てて距離を取った。だが陽菜だけは動けない。
心臓の鼓動が耳を打ち、足が床に縫いとめられたように。
「陽菜! こっちへ!」
翔流の声とともに、強く腕を引かれる。抱き寄せられ、彼の胸に押し包まれる。
至近距離で聞こえる心臓の音と息づかい。
次の瞬間、バリィンッと甲高い破砕音が教室を揺らした。
光を反射する破片が四方へ飛び散る。
だが翔流の背に庇われた陽菜には、一片も届かなかった。
悲鳴と動揺が一斉に弾けた教室も、やがて静まり返り、割れた硝子の匂いが漂う中、つい先ほどまでの喧噪が嘘のように引いていった――
その静けさを破るように、我に返った声が上がる。
「ちょっと、翔流も春日さんも大丈夫?」
「うわ、危な……」
生徒たちが口々に声をあげる。幸い、怪我人は出ていない。
翔流の腕の中で、陽菜は青ざめた顔を上げる。
わなわなと唇が震え、声にならない。
――まただ。私のせいで。
胸の奥で高鳴った想いが、ひび割れのように恐怖と絡み合い、彼女を締めつけていた。




