第二幕 第二章 その6
目指す図書館は朱山平野の中央にあった。
単線電車が鉄橋を渡る音が微かに響き、古い駅舎の影が午後の陽に長く伸びている。
美音と香織は受付で昭和初期の地方紙を閲覧したいと告げ、古びたマイクロフィルムの棚へ向かった。
「地方欄って、けっこう何でも載ってるんすね」
香織がリーダーのピントを合わせながら呟く。
「ええ。事件や事故、あとは行方不明者…。小さな町ほど全部載せるから、こういう時には助かるね」
映し出される文字は掠れ、紙の粒がそのまま光に溶け込んでいるようだった。
美音は日付を追いながら、ある一枚で手を止めた。
〈大雨により朱山北麓で土砂崩れ発生。集落全壊、避難民十数名〉
その下に、細い活字でこう続いている。
〈避難先で全員殴殺。犯人は避難民の福沢某。救助にあたった軍により射殺〉
香織が息を呑んだ。
「…殴殺って、これ、“殴り殺した”ってことっすよね」
「ええ。軍がいたのに止めなかった…ううん。止められなかった、というべきね」
「それってよーするに…」
「その可能性が高い、かも」
美音は眉をひそめ、記事を見つめ続けた。
「短い記事だなぁ。まるで、それ以上書くなって言われたみたいね」
香織は腕を組んで考える。
「じゃあ、あの絵は…」
「わからない。けれど、描いたのはもっと遥か昔だったはずだから…」
二人はしばらく無言のままフィルムを眺めた。
映る文字の向こう、かすかに紙鳴りのような音がしていた。
数日後。
表具店から電話が入った。
「風祭さんですか?あの…、申し訳ありません。塗料の関係でやっぱりうちでは取り扱えません」
それだけ言うと受話口の向こうでは、またご贔屓に――と続けていた。
美音は「えぇ、わかりました」とだけ答え、電話を切った。
そのまま掛け軸を倉庫へ運ぶ。
かつて資料の山を整理した、奥の鉄扉の部屋だ。
棚の隅に桐箱を置き、彼女はそっと埃を払った。
「結局、何もわからなかったわね」
香織が湯飲みを手に言う。
「でも、何かあったんすよね。絶対」
美音は笑い、首を振った。
「ううん、いいの。少なくとも、資料館に並ぶべきではないものだから」
「オーパーツってヤツじゃないすか?」
どこから聞いてきたのか、オカルトじみたことを言う香織の後ろ姿を眺めながら暖かいお茶に口をつける。
ふわっと甘い香りが広がり、美音は自然と頬を緩ませるのだった。
倉庫の奥は静まり返っている。
金属製の立派な扉には、古いながら頑丈な鍵が掛けられている。
その夜。
誰もいない倉庫の奥で――
桐の箱が、かすかにコトリと音を立てた。




