第二幕 第二章 その1
朝の光が障子越しに差し込み、部屋の空気を淡く染めていた。
香織が目を覚ますと、美音はすでに鏡の前で支度をしていた。
髪を整え、化粧水を馴染ませ、クリームを塗り、軽くファンデーションをのせている。
「…そんなに色々するの?」
布団の中から声をかけると、美音は鏡越しに微笑んだ。
「香織ちゃんはまだ若いから、なにもつけなくても大丈夫だけどね。
女の子はね、お手入れで“綺麗でいられる時間”がちょっとだけ延びるのよ」
「へぇ…あたしも何かしたほうがいいのかな?」
「うーん…そうね。とりあえず髪からね」
美音は立ち上がり、ドレッサーの引き出しからヘアミストを取り出した。
香織の背後にまわり、傷んだ毛先を指先でそっとすくう。
「やっぱりちょっとパサついてるね。…はい、目閉じて」
ふわりと甘い香りのミストが広がる。
ドライヤーの風が髪を通り抜け、指先が軽やかに動いた。
「はい、できた。…ほら、すっごくサラサラ」
香織が手ぐしを入れると、驚いたように目を丸くした。
「うわマジ…なんか、別人みたい」
美音は満足そうに笑った。
「でしょ? こういう小さなことでね、気分も変わるの」
香織は少し照れくさそうに頷き、
鏡に映る自分の髪を見つめながら、ぽつりと呟いた。
「…なんか――」
言葉が途中で止まる。
その沈黙のあと、彼女は小さく息を吸った。
「ウチさ、お母さん、夜の仕事なんだ。
あたしが起きる時はもう寝てて、帰った時はもう出かけてる。
だから、こんなの教わった時なかった…」
美音は何も言わず、静かに頷く。
香織は照れ隠しのように笑って、
「だからね、なんか――
なんかね。美音…さん…って――
…ううん。ありがと!」
と、少しだけ明るい声で言った。
美音は微笑み、彼女の髪をもう一度優しく撫でた。
朝の光がふたりを包み、窓の外では風に揺れる楓の葉がきらりと光った。




