第二章 その4
期末テストを前に、校舎は普段よりも静かだった。
部活動は休みに入り、夕暮れの校庭には練習の声も響かない。
どこか気の抜けた空気が漂う中、悠眞と織江は並んで昇降口を出た。
「このあとはどうするの?」
織江が鞄を抱え直しながら問いかける。
「帰って勉強だな」悠眞は迷いなく答える。
「じゃあさ、図書館に行かない?」
「……学年も科目も違うだろう。意味ないんじゃないか」
「そういうことじゃないの!」
織江は少しむっとした顔をして、すぐに笑みに変えた。
「誰かと一緒にやった方が集中できるっていうか。……ね?」
悠眞は呆れたように眉をひそめたが、完全には否定しない。
「屁理屈だな」
「屁理屈でもいいの。一緒なら頑張れるんだから」
織江は照れ隠しのように声を張り、足を一歩速めた。
結局二人は連れ立って市立図書館へ向かった。夕暮れの窓から射す橙の光が机を染め、机に広げた参考書やノートを赤く照らしていた。
悠眞は黙々と問題集を解き、シャープペンの走る音が一定のリズムを刻む。
織江は国語の教科書を開きながらも、時おり彼の横顔を盗み見ては頬に熱を覚えた。
「……ねえ、はるくん。ちょっと真面目すぎない?」
「試験前だからな」
「少しくらい雑談してもいいじゃない」
悠眞は手を止めず、「……お前が話すなら聞くだけは聞く」と淡々と答えた。
それがかえって織江の胸をくすぐる。
――どんな冷静な返事でも、自分の言葉に耳を傾けてくれている。
その事実だけで十分だった。
閉館時間が近づき、二人は肩を並べて帰路についた。
暮れかけの校門の前に、賑やかな声が響いていた。
翔流が友人たちに囲まれ、笑顔を振りまいている。
悠眞の顔に、自然と柔らかい笑みが浮かんだ。織江は驚いた。普段の悠眞は冷静で、感情を大きく表に出さない。それが翔流を見た途端、少年のように表情を和らげたのだ。
「よお、悠眞!」翔流が片手を挙げる。
「相変わらず賑やかだな」悠眞が返す。
「そっちこそ相変わらず真面目そうな顔だ。たまには遊べよ!」
「試験前に遊ぶ馬鹿がいるか」
軽口の応酬に、周囲の友人たちが笑い声をあげた。
織江は不思議そうに二人を見た。
「悠眞、彼は?」
「翔流。小さい頃からの友人だ」
その答えに合わせて、悠眞の脳裏に幼い日の記憶が浮かぶ。
――まだ小さかった頃、祖父に連れられて龍城の屋敷に翔流が訪れた。庭で遊ぶ二人を見ながら、祖父たちはこんな話をしていた。
「なかなか活発な子だな」
「代山では久しぶりの才覚ですよ。ああいう子はなかなか出てきません」
同い年の翔流は、力も強く足も速く、頭の回転も早かった。
悠眞にとって初めて「全力を出せる相手」だった。裏山を駆け回り、木に登り、どちらが先に登るかで何度も競い合った。
息を切らしながらも、互いに負けじと笑い合う――あの時間は、悠眞にとって何にも代えがたいものだった。
「……昔からの付き合いだ」
悠眞は短く答え、歩き出す。
織江はその背を見ながら、胸に温かさを覚えていた。
悠眞にもこんなふうに心を許す相手がいる――その事実が、なぜか嬉しかった。




