表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朱の山  作者: 晦ツルギ
第二幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

59/107

第二幕 第一章 その5

翌日の午後。

郷土資料館のドアが、からん、と小さな音を立てた。


「こんちわ…」


昨日と同じ制服の少女が立っていた。

陽の光を受けて、三色に分かれた髪がきらりと揺れる。

ピンクの髪留め、緩んだネクタイ、袖を指先まで伸ばしたピンクのカーディガン。

その姿にはどこか疲労と、居場所のなさがにじんでいた。


「あら、また来てくれたんだね」

カウンターから顔を出した美音が、やわらかく微笑む。

「嬉しいなぁ。いまお茶淹れるね」


「…すいません」

「ううん。嬉しいの、こうして話し相手が来てくれたんだもの」


やがて、湯気の立つ湯飲みがテーブルに置かれた。

ほのかに甘い香りが広がる。香織はそっと口をつけ、吐息をひとつこぼした。


「…落ち着く」

「よかった。昨日より顔色が少し良くなった気がするよ」



「…あの、あたし。行くとこ、なくて」


美音の手が止まる。

「うん」

「家にも居られない。学校も…もう、無理かもしれない」

「…どうしたの?」


香織は目を伏せ、カップの中を見つめながら言った。

「なんかさ、周りから変な目で見られるの。悪口言われて、避けられて。…母さんにも“出てけ”って言われた」


「…辛かったね」

美音の声が静かに落ちる。

「でも、一体何があったの? 理由もなく、そんなこと言われるなんて」


香織は、唇をかみしめた。

「…自分でも、よくわかんないんだ。ただ、何もしてないのに…周りの物が壊れたりして」


「壊れたり?」

「うん。机とか、窓とか。勝手に割れたり、切れたりして…怖くて」


美音はそっと姿勢を正し、真剣な眼差しを向けた。

「ねえ、香織ちゃん。詳しく教えてもらっていい? どんな時に起きるの?」


「え?えっと…たぶん、怖かった時。怒鳴られたり、もうイヤだって思った時。気づいたら、周りがバラバラになってて…」

「…そうなんだ」


美音はゆっくりと頷き、湯飲みを見つめたまま小さく息を吐いた。

「ありがとう。話してくれて」


少しの沈黙のあと、美音は立ち上がった。

机の引き出しに手を伸ばし、鍵を外す。

さらに奥から、もうひとつ鍵付きのファイルを取り出す。


「ねえ、香織ちゃん。“朱の咎”って言葉、聞いたことある?」


「…あけの、とが?」


「昔からこの地域に伝わる話なの。

 “何もしていないのに、物が壊れたり、不思議なことが起こる”――

 そういう現象のことを、昔は“朱の咎”って呼んでたんだって」


香織の目が大きく開く。

「それ…あたしと、同じ」


美音は頷いた。

そして少し遠い目をしながら続ける。

「わたしも確かなことは言えない。でもね、前にその“朱の咎”を調べに来た子がいたの。あなたくらいの年の男の子だった。

 いつも飄々としてて、何かと人をからかったりするのに、本当に困ってる人を見ると自然に手を差し伸べちゃう。

 優しいなんて感じさせずに…それが当たり前のことみたいにね。お礼言われると照れ隠しみたいに笑ってごまかすタイプ 」


香織は小さく瞬きをする。

「…なんか、かっこいい人っすね」


「ふふ。そうね。見た目もイケメンだったよ。今ね、思い出したあの子も、やっぱり“助けたい”って顔をしてた。

 わたしね、その姿がずっと頭に残ってるの」


彼女はファイルを開き、黄ばんだ紙を机に広げる。

そこには、古びた文字でこう記されていた。

『その年、とが晴る。里人これを喜び、娘を迎ふ。門開かれ、灯ともる。人々笑みて迎へ入る。娘、深く礼し、里に帰る。』

「ね、咎が晴れて、ちゃんと迎え入れられてるでしょう?」

美音は優しく微笑む。


「もしかしたら、あなたの中で何かが動き始めてるのかもしれない。

 でも、それは悪いことばかりじゃない。きっと、あなたが傷ついたぶんだけ、心が叫んでる証拠なの」


香織の喉が震えた。

「…そんなふうに言ってくれたの、美音さんだけです」


美音は静かに笑う。

「ふふ。ありがと。わたしね、あなたの力になりたいの。

 いつも困ってる人を助けようとしてた、あの子の代わりに――今度は、わたしが助けたいんだ」


夕陽が窓から差し込み、机の上のファイルと楓の葉を赤く照らす。

その色は、まるで彼女たちを包み込む“朱”そのもののように、静かに揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ