第二幕 第一章 その2
郷土資料館の休日――風祭美音は、朱山神社の石段を登っていた。
手にはポットと小さなお菓子の包み。
「今日は現地調査ってことで…まぁ、ピクニックも兼ねて、かな」
自分に言い訳するように小さく笑う。
そういえば、赴任してもうだいぶ経つのに、ここへ来るのは初めてだった。
ずっと資料の整理に追われていて、ゆっくり外を歩く余裕すらなかったのだ。
「話には聞いてたけど…こんなに登るんだ」
息を弾ませながら石段を上り、
見上げた先に朱い鳥居を見つける。
木漏れ日がその輪郭を縁取るように輝いていた。
境内は、思っていたよりもずっと静かだった。
人影はまばらで、風鈴の音と木々のざわめきだけが響いている。
「お祭りの時はあんなに賑わうのに…。なんだか不思議」
そう呟きながら、美音はゆっくり参道を歩いた。
神社であれば本来狛犬が置かれるべき場所に、一対の龍像が鎮座している。
片方は玉を抱き、もう片方は両の手を広げている。
まるで何かを押し留め、そして祈るような姿だった。
「わぁ…龍なんだ」
美音は思わず声を漏らし、鞄からデジタルカメラを取り出した。
液晶を覗き込みながら、何枚かシャッターを切る。
カチリ、と小気味いい音が響くたび、口元が少しだけ緩んだ。
「玉を持ってる子と、手を広げてる子…シーサーなら雌雄よね」
ひとりごとのように微笑んで、
メモ帳を開き、簡単なスケッチを描き添える。
“封じと守りの対”――そう書き足して小さく頷いた。
朱山には、“龍の首が山になった”という古い伝承がある。
この神社はその龍を祀るためではなく――
封じるために建てられたのかもしれない。
「…面白いなぁ。造形も表情も、ちゃんと意味がある」
風が吹き、彼女の髪をふわりと揺らす。
真剣な瞳に、どこか少女のような好奇心が宿っていた。
境内の奥へ進むと、土と岩の崖沿いに小さな祠が見えた。
崖から生えるようにして屋根が突き出ており、半ば埋まり込む形で建っているように見える。
苔むした屋根と、微かに鳴る鈴。
以前、よく調べ物に来ていた彼――翔流から聞いていた祠だ。
「…でもこれ、祠っていうより…社だよね?」
首をかしげ、少し屈みこむ。とても古い物に見えるが、最近直された跡も見られる。――ちゃんとお手入れされてるんだなぁ。
誰かがずっと、ここを守ってきたのだろう。
デジカメを構えたが、
シャッターを切る手がなぜか一瞬止まった。
「…あれれ?」
軽く笑って、もう一度ファインダーを覗く。
カチリ――小さな音が静けさに吸い込まれていった。
祠を撮り終えると、美音は境内のベンチに腰を下ろした。
ポットからお茶を注ぎ、
湯気が立ちのぼるのをぼんやりと見つめる。
「…静かで、いい場所だなぁ」
ぽつりとこぼれた声は、秋の風に溶けて消えた。




