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朱の山  作者: 晦ツルギ
第一幕

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54/107

第十章

まぶしい朝日が、カーテンの隙間から差し込んでいた。

翔流は寝汗を拭いながら、ぼんやりと天井を見上げた。

胸の奥が妙にざわついている。

何か、大切な夢を見ていた気がする。

けれど目が覚めると、内容は跡形もなく消えていた。


時計を見ると、まだ早朝だった。

普段なら布団をかぶって二度寝している時間。

なのに、今日はどうしても落ち着かなかった。


「…行かなきゃ」


無意識にそう呟き、制服に袖を通す。


電車に乗り、気づけば朱山方面のホームに立っていた。

学校とは反対の里山に向かう道へ自然と足が伸びる。

秋桜が咲き乱れる川原が視界に入り、そこに着いたとき風が頬を撫でた。


「…綺麗だな」


白と桃の花が、朝の光を受けて揺れている。

翔流はふと呟いた。


「この花、好きだったよな…」


その瞬間、胸の奥がきゅっと締めつけられる。

誰のことを思い出そうとしているのか。

思い出せない。

けれど、“誰か”がここで笑っていた気がする。


「…誰、だったんだっけ」


言葉が風に溶けていく。

川面が朝の陽を反射して眩しい。


「そもそも何しにここ来たんだよ…」

やがて翔流は、ため息をついて引き返した。

駅を過ぎると、後ろから悠眞に声を掛けられる。


「翔流か?どうした?珍しく早いじゃないか」

「ん? ああ…なんでだろ。なんか、自然とこの時間に行かなきゃって思ってさ」

「珍しいことだな。雪でも降るんじゃないか?」

「おい、あんまりだろ!」


二人は笑い合う。

けれど翔流の笑みの奥には、拭えない違和感が残っていた。

何かを話しかけようとして――やめる。

その違和感を、どう言葉にしていいのか分からなかった。



教室に入ると、いつもの喧騒が戻ってきた。

翔流はなんとなく視線を巡らせ――

そこで、ぴたりと動きを止めた。


窓際の二列目。

そこだけが、ぽっかりと空いている。


「…あれ?」


翔流がつぶやくと、近くの女子が振り向いた。

「なに? どうしたの?」

「いや…あそこ、誰の席だったっけ」


女子は首を傾げて笑う。

「誰って、最初から空席だよ?誰も座ってなかったでしょ」


「…そっか。そうだっけ」

翔流は小さく頷く。


けれど、どうしても納得できなかった。

その席の上には、光がやわらかく差し込んでいる。

風がカーテンを揺らすたび、

そこに誰かの姿が見えた気がした。


――笑っていた。

優しく、どこか懐かしい笑みで。


翔流は立ち上がりかけ、慌てて目をこする。

視界の中に誰もいない。

ただ、机の上に一枚の花びらが落ちていた。


淡い桃色。

秋桜の花びら。


「…なんで、こんなところに」


翔流はそれを拾い上げ、掌の中でそっと握った。

胸の奥がじんわりと温かくなる。


誰も知らない。

誰も覚えていない。

それでも――


「…あぁ、そうか」


翔流は窓の外を見上げ、微笑んだ。

「ずっと、そばに居てくれたんだな」


風が吹き、花びらが再び宙を舞った。

それはまるで、陽菜の祈りの欠片のように

教室の光の中へ溶けていった。


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