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朱の山  作者: 晦ツルギ
第一幕

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51/107

第八章 その8

朝露が残る通学路。

風に揺れる秋桜の中を、翔流と陽菜は並んで歩いていた。

空は高く、澄んでいて、雲ひとつない。


「ねぇ、翔流くん。お祭り、もうすぐだよね」

「うん。あと三日だ」

「そっかぁ…絶対、一緒に行こうね」


陽菜は何度もそう言った。

まるで“約束”の言葉だけを何度も磨くように。

翔流は笑って頷いたが、その笑顔は少し引きつっていた。


帰り道。

陽菜は立ち止まり、指先で秋桜の花びらを撫でた。

「この花、好き。ねぇ翔流くん、花言葉知ってる?」

「たしか、“乙女の真心”とか、“調和”だったと思う」

「ふふ。いいね、ぴったりだ」


その瞬間の彼女は、まるで以前のままだった。

けれど家の前で別れる時、陽菜はふと首を傾げて言った。

「ねぇ…今日って、何曜日だったっけ?」


翔流の胸がひやりとした。

「…水曜だよ」

「そっか。ごめんね、なんだか変なの」

笑いながら言う陽菜の瞳に、薄い影が落ちていた。




翌日、陽菜は授業中ずっと空を見ていた。

先生に当てられても、しばらく名前を呼ばれても反応しない。

昼休み、翔流が机に近づくと、陽菜はにっこり笑って言った。


「翔流くん、今日来てたんだね」

「…最初からいたよ」

「そっかぁ。なんか嬉しいな」


その言葉は優しいけれど、どこか遠い。

陽菜の声の中に、少しずつ“現実”が抜けていっていた。


放課後、ふたりで駅まで歩く途中、

彼女は電車の音を聞きながら呟いた。

「明日は祭り?」

「明後日だよ」

「そっかぁ…でもね、明日みたいな気がするんだ」


夕陽に染まる線路を見つめながら、陽菜は続けた。

「私ね、夢を見たの。

 朱山の上で、灯りがいっぱいでね、

 翔流くんが私の手を握ってたの」

「…それ、祭りの夢だろ」

「ううん。夢だけど、ちょっと違う気もするの。

 なんだか、懐かしいの」


翔流はその言葉を受け止めきれず、ただ横に立っていた。

陽菜は線路の向こうの夕陽を見つめたまま、小さく微笑んだ。

「でも、きっと楽しい夢だったよ」

「じゃあ、手を繋いで行こう。これも約束だよ」



前夜。

街は提灯の灯りで染まり、遠くから祭囃子の練習の音が届く。

夜風は少し生ぬるく、風鈴の音がかすかに揺れた。


陽菜は玄関先に立ち、空を見上げていた。

白いカーディガンに包まれた肩が、少し震えている。


翔流が声をかけると、彼女は振り返り、微笑んだ。

「ねぇ、翔流くん。明日、祭りだよね」

「ああ。忘れてなかったな」

「うん。だって、翔流くんと行くんだもん。忘れるわけないよ」


彼女はその言葉を言い終えると、少し寂しそうに俯いた。

「…ねぇ、翔流くん。私ね、最近ちょっと変なの。

 家の中が違って見えたり、声が遠く聞こえたりするの。

 でも、お祭りのことだけはちゃんと見えるんだ」


翔流は息を詰めた。

「それだけ楽しみにしてるってことだよ。一緒に行こうな」

「うん…楽しみだね」


陽菜は夜空を見上げ、

灯籠の明かりのような笑みを浮かべた。


帰り際、陽菜は翔流の袖を軽く掴んだ。

「ねぇ、翔流くん。もし、私が迷っちゃっても、

 見つけてね。

 たとえ、どこにいても――」


翔流は強く頷いた。

「当たり前だろ?見つけるよ。必ず」


その夜、陽菜は布団の中で目を閉じながら、

小さく呟いた。


「翔流くん、明日だね。楽しみだよ」



そして眠りについた。

翔流の名前と、祭りの約束だけを胸に抱いたまま


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