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朱の山  作者: 晦ツルギ
第一幕

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48/107

第八章 その5

夕暮れの朱山は、どこか寂しげだった。

風が吹くたび、木々が乾いた音を立て、空の色は少しずつ群青へと沈んでいく。

翔流は帰り道の途中で立ち止まり、ふと振り返った。

遠く、山の端に沈む陽が、朱く滲んでいる。


陽菜を例大祭に誘うと決めたのは、ほんの昨日のことだ。

「壊すのはナシだ」――悠眞との話し合いの末に出した答え。

それで良かったはずだった。

けれど、どうにも胸の奥がざわついて、落ち着かなかった。


陽菜の笑顔が浮かぶたび、どこかに影が差す。

あの忘れ方は普通じゃない。

日を追うごとに、彼女の中から今が零れていく。

まるで、水の中に落ちた花びらがゆっくり沈んでいくみたいに――。


「…くそ、考えすぎだ」


吐き出した息が白い。

気づけば足が、龍城邸の方へ向いていた。

体を動かせば、少しはましになる気がした。


門をくぐると、庭の向こうに悠眞の姿があった。

竹灯りの薄明かりの中、黙々と木刀を振っている。

その姿は、まるで一本の刀のように研ぎ澄まされていた。


翔流は声をかける前に、思わず立ち尽くした。

彼の動きは無駄がなく、静かで、美しかった。

――俺も、あんな風になれたら。

ふと、そんな思いが胸を過る。


「落ち着かない顔をしているな」

悠眞が振り返った。気づかれていたらしい。


「まぁな。じっとしてると、考えすぎちまうんだ」

「なら、少し付き合え。体を動かせば晴れる」


悠眞が木刀を一本、放る。

翔流はそれを受け取り、軽く構えをとる。


「手加減はしないぞ」

「上等だ」


二人は視線を合わせた。

風が止み、音が消える。


そして、地を蹴った。


木刀がぶつかり合う音が夜気を裂いた。

打ち合うたびに腕が痺れ、息が熱くなる。

けれど、翔流はいつもと違う感覚を覚えていた。


悠眞の動きが――“見える”。

軌道が、呼吸が、次の一歩が、手に取るようにわかる。

頭で考えるよりも先に、身体が動いていた。


「…俺の太刀捌きが見えるのか?」

「わかんねぇ。でも…前より何か、見えるんだ。いや、“わかる”って言うべきかもしれない」


木刀を交えたまま、二人の間に静寂が落ちた。

悠眞は薄く目を細め、翔流の中の何かを見極めるように息を吐く。


「…そうか。やっぱり、そういうことか」


打ち合いの音が止んだ。

二人の木刀はわずかに交差したまま、互いの呼吸だけが夜気に混ざっている。

竹林を抜ける風が、ふたりの頬を冷たく撫でた。


悠眞が先に木刀を引き、短く息を吐いた。

「……お前の力は、相手を理解する力だな」


翔流は汗を拭いながら眉をひそめる。

「理解?」


「ああ。俺の動きを見て、呼吸を読んで、太刀を合わせてきた。

 それは真似でも予測でもない。お前は俺を理解していた」


翔流はしばらく考え、静かにうなずく。

言われてみれば、そうだった。

ただ“見えた”んじゃない。悠眞の心の動きまで、まるで自分の中でなぞるように感じ取っていた。


悠眞は木刀を下ろし、目を細める。

「陽菜の件は――お前の思う通りにしよう。それが正しい気がする」


「……どういう意味だ?」


「お前は考える前に感じて動く。

 人を理解し、道を選ぶ。俺にはできないことだ」


翔流は驚いたように彼を見た。

悠眞は視線をそらさず、静かに続けた。


「お前が陽菜を信じて動くなら、俺はその判断を信じる。

 それで間違いないと思う。

 …たぶん、お前は無意識に、陽菜の本当の声を聞いてる」

「でも。…でもよ。陽菜は…やっぱり…。

何ていうかさ。子供の頃みたいに笑うんだよ。最近。

本来の陽菜がそうなのかな。無邪気で、あけっぴろげっていうか…。」


悠眞はひと言だけ答える。

「それは、お前だけにしか見せない笑顔。だろ?」


翔流は言葉をなくし、胸の奥で何かが灯るのを感じた。


悠眞は短く笑った。

「ま、俺は俺でやることをやるさ。お前が前を向けるなら、それでいい」


その言葉に翔流は頷く。

互いを認め合い、並んで立つ者同士の信頼だけがあった。


風が竹を揺らし、月明かりが二人の影を重ねた。


「しかしこれ、明日筋肉痛だな」

「鍛え方が足りん。まだあと10本はこなせなければな」

「出たよ鉄人龍城」

「それまだ言うのか?お前は大体…」


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