表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朱の山  作者: 晦ツルギ
第一幕

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/107

第八章 その4

昼休みの屋上。秋風が乾いた葉を巻き上げていった。

朱山の稜線は薄く霞み、空の高いところを雲が緩やかに流れている。


翔流はグラウンド脇のフェンスに寄りかかり、ぽつりとつぶやいた。

「陽菜はさ――あれから、新しいことを覚えてないんだ」


悠眞が隣に立つ。夕陽のせいで、その横顔はどこか硬い。

「…まるで同じ朝を繰り返してる、ってことか」


「そう。昨日のことも、今日のことも、次の日には消える。

まるで時間が進んでないみたいなんだ」


翔流の声には焦りが混じっていた。

悠眞は一拍置いてから、低く言った。

「それが咎の影響だとしたら…封印を壊して、中の“何か”を斬るしかないんじゃないか」


その言葉に、翔流は顔を上げた。

「待て待て。それは危険すぎる。

もし陽菜の意識があの中にあるなら、斬った瞬間に――陽菜まで消えるかもしれない」


悠眞は唇を引き結ぶ。

「だが、このまま何もしないで見ているのか? 記憶を失っていく彼女を」


「…違う。それだけは無いな」

翔流は首を振った。強い言葉ではなかったが、確かな響きがあった。


風が止まり、静けさが落ちる。

翔流は空を見上げ、ふっと息を吐いた。


「前にも言ったろ?陽菜が言ってたこと。

“この前、翔流くんと悠眞くんが家の前まで来たけど、開いてなかったから帰っちゃった”って」


悠眞が顔を上げる。「…あれか」

「ああ。神社裏に行った日のことだ」


翔流は手のひらを見つめた。

「夢の話だろうな。本人もそう言ってたよ。でも、あいつの言い方は――まるで本当にあったことみたいだった。

俺たちがあの祠の近くに行った時、陽菜はそれを感じていたのかもしれない」


悠眞の瞳が細くなる。

「…つまり、陽菜の意識はまだあの中に囚われている」


翔流はうなずいた。

「かも知れない、ってとこだけどな。だから、無理に壊すのは駄目だ。

陽菜の中にまたここに戻りたいって心があるなら、それを繋ぐ方が先だと思う」


悠眞はしばらく黙り、視線を落とした。

「…で、どうするつもりだ」


「誘うよ」

「誘う、とは?」


翔流は笑った。けれどその笑みはどこか切なかった。

「陽菜が言ってた。“夏祭りに一緒に行きたい”って。

夏は過ぎたけど――例大祭があるだろ。あれに誘う」


悠眞は少し驚いたように目を瞬かせた。

「…それで、何か変わるのか?」

「わからない。でも、少なくとも危険はない。

彼女が“覚えていられるもの”を作る。それが、きっと鍵になると思う」


悠眞はしばらく考え、それから小さく息を吐いた。

「理屈としては通ってる。だが、もし祭の前にすべてを忘れたら?」


「その時は、俺が思い出させる」

短く、けれど迷いのない声だった。


悠眞は空を見上げた。朱山の上に、夕陽がゆっくりと沈んでいく。

「…わかった。お前のやり方で行こう。だが、無茶はするな」


翔流は肩をすくめた。

「お前がそれ言う?竹刀で斬っちゃうヤツが?」


わずかに笑いがこぼれる。

その笑いは、秋の冷たい風に溶けて消えていった。


朱山の稜線が紅く染まり、沈む陽の中で、二人の影だけが長く伸びていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ