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朱の山  作者: 晦ツルギ
第一幕

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46/107

第八章 その3

三日目の朝。

空気はさらに冷え込み、山の端には薄く雲が垂れ込めていた。

翔流は同じ時間の電車に乗り、同じ道を歩く。

足音も風の音も、まるで昨日と同じだった。


陽菜の家に着くと、戸が開く。

「おはよう、翔流くん!」

笑顔まで、昨日と同じ。

その瞬間、翔流は確信した。――これは偶然じゃない。


「おはよう」

それでも彼は、いつも通りの調子で答える。

陽菜は少し首を傾げた。

「どうしたの?顔が疲れてる」

「いや、ちょっと寝不足でな」

「ふふ、また夜更かし?」

「…まぁ、そんなとこ」


ふたりは歩き出す。

山道を抜け、住宅街を通り、川の橋へ。

そこで、予想していた通り、陽菜が立ち止まった。


「ねえ、翔流くん。この川って、どこに流れてるの?」


胸の奥がひやりと冷たくなる。

昨日と、一昨日と、まったく同じ。


「……海だよ。この辺はみんな、湾に繋がってる」

「へぇ、なんかロマンチックだね」


彼女の声。

光の反射で髪がきらめく角度。

そのすべてが、寸分違わず“再生”されている。


「なぁ陽菜。昨日、家で何してた?」

「昨日?…うーん…?」

陽菜は少しだけ考えこむような顔をして、

それから笑って肩をすくめた。


「ごめん。思い出せないや。最近、夢ばっかり見てるからかな」

「夢?」

「うん。真っ赤な山の中でね――誰かを待ってるの」


翔流は息を呑む。

その言葉が、胸の奥の何かに触れた気がした。


「……誰を?」

「わからない。でも、すごく大切な人。

 きっと、来てくれるって信じてるの」


陽菜はそう言って、微笑んだ。

その笑顔はあまりに穏やかで、現実よりも夢のように見えた。


「変な話、しちゃったね」

「いや…そんなことない」


駅へと続く道を歩きながら、翔流は思った。

――これは、もう忘れているんじゃない。

陽菜は、確実に何かを失っている。

時間の流れの中で、少しずつ削られながら。


風が吹き抜ける。

橋の下の川が、ざわりと音を立てた。

まるで、誰かの記憶を攫うように。

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