第七章 その9
話を終えた翔流は、庭へ出た。
縁側に立つと、夜気が肌を撫でていく。
星が瞬き、木々の間を風が渡る。
世界は穏やかに、何事もなかったかのように回っていた。
まるで、自分の動揺など初めから無関係だと言わんばかりに。
息を吸い込む。
冷えはじめた夜の空気が胸を満たし、身体の奥まで染み渡っていく。
それだけで、熱を帯びていた心が静まっていくのを感じた。
――これも、龍城の血の力ってやつか。
普通なら、動揺して当たり前の話だ。
けれど、少し呼吸を整えただけで平静を取り戻せる自分が、どこか悲しかった。
「…落ち着いたようだな」
いつの間にか背後に、悠眞が立っていた。
障子の灯りが背中を照らし、柔らかな影を地に落としている。
「まぁ、ね。聞いてみりゃあ…つまんねー話だったよ」
「そうか」
短い返事。けれどその声は、どこか優しかった。
翔流は空を見上げ、白い息を吐いた。
「とりあえず、明日は学校に行かねーとな」
「当たり前だ」
「朝は、陽菜を迎えに行く」
「…そうか」
少しの沈黙が落ちる。
虫の声と風の音だけが、夜をつないでいた。
「陽菜がさ、言うんだよ」翔流がぽつりと口を開く。
「この前、俺とお前が家まで来た。開いてなくて帰ったって」
「この前?」
「神社裏に行った日だ」
悠眞は眉をひそめる。
「…偶然だろう」
「どうかな。もしかしたら、陽菜は――本当の陽菜はまだあの中に居るのかなって」
「本当の?今いるのは偽物だとでも?」
「いや…言い方が悪かったな」翔流は首を振る。
「陽菜の“心”はまだ、あそこに囚われてる。なんか…そんな気がしたんだ」
悠眞はしばらく無言のまま、夜空を見上げた。
月の光が、二人の輪郭を淡く縁取っている。
「…だが、なんであれ助けるんだろ?」
「そうさ」
翔流の声は静かだった。
けれどその静けさの奥に、確かな意志があった。
悠眞はふっと息を吐き、微かに笑った。
「じゃあ、俺も付き合うさ」
夜風が二人の間を抜けていく。
庭の木々がざわめき、星の光が枝の間を零れた。
翔流はもう一度空を仰ぎ、おどけるように言った。
「毎度面倒をかけるねぇ、龍城くん」
「茶化すな」
2人のやりとりは風に溶け、やがて夜の奥へと消えていった。




