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朱の山  作者: 晦ツルギ
第一幕

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39/107

第七章 その5

昇降口には、まだ部活に向かう生徒たちの声が響いていた。

窓の外の陽は傾き、廊下に長い影を落としている。


翔流は靴を履きながら、外に出ようとする黒髪の背中を見つけた。

姿勢が良く、後ろ姿でも隙を感じない。――悠眞だ。


「おーい、悠眞。今日は早いんだな」

呼びかけに、悠眞は軽く振り返る。

「少し、用がある」

「部活は?」

「休みにした」

「マジかよ。あの鉄人龍城が?」

「鉄人言うな」

悠眞は鼻で笑い、翔流は笑いながら肩をすくめた。


「珍しいな。風邪でも引いたか?」

「違う。…まあ、人のことは言えないな」

「おっと耳が痛い。これでもサボりの件は反省してんだよ」

「それは何よりだ」


翔流は苦笑しながら、ふと顔を上げる。

「じゃあ、さ。明日ちょっと付き合ってくれねぇか?」

「構わない。部活は空けておく」

「おいおい、即答かよ。まだどこ行くかも言ってねぇぞ」

「お前がそう言うなら、それなりの理由があるんだろ」

「ホント、お前はそういうとこズルいよな」


そう言って翔流が手を上げると、悠眞も静かに頷いた。


「じゃ、また明日」

「ああ」


ふたりが別れようとしたその時、昇降口の奥から小走りの足音が響いた。


「はるくん、お待たせ!」


声の主を見て、翔流は思わず目を細める。

織江だった。息を整えながら、少し照れくさそうに立っている。


「忘れ物しちゃって…ごめんね」

「気にするな。行こう」

「うん」


二人が並んで昇降口を出ていく。

西陽の中、ふたりの背中がゆっくりと並び、やがて角を曲がって消えた。


翔流は小さく笑って呟く。

「…あぁ、そういうことね」


――その時、背後から声がした。


「今の、悠眞くん?」


振り返ると、陽菜が立っていた。

薄い陽光の中で、制服の袖を指先でいじりながら微笑んでいる。


「そ。ちょっとタイミング悪かったね。もう行っちまった」

「石神先輩と一緒に?」

「まぁ、そんな感じ」


翔流は肩をすくめて笑う。


「んで、俺は俺の送る人を待ってたってワケ」


「送る人?なぁに?それ」

陽菜が小首を傾げた瞬間、翔流は自然に彼女の鞄を受け取った。


「さ、帰ろう。送るよ」

「…うん」


陽菜のゆるんだ頬に、ゆっくりと紅が差した。

西陽が校舎の窓を染め、ふたりの影が並んで伸びていく。

並木道を吹き抜ける風が、夕陽を散らすように揺れていた。

翔流は陽菜の鞄を片手に持ち、歩幅を合わせながら歩いていた。


「ねぇ、翔流くん」

「ん?」

「この前ね、夢を見たの」

「夢?」

「うん。翔流くんと悠眞くんが、うちに来た夢」


翔流は少し目を細めた。

「俺らふたりで?」

「ふふ。うちの玄関の前に立ってたの。

でも…家が開いてなくて、そのまま帰っちゃった」


陽菜の言葉に、翔流は笑いながらもほんの一瞬だけ眉を寄せる。

けれど、その違和感はすぐに風に流された。


「そりゃ残念。夢の中でもタイミング悪かったな」

「ね。…でも、すごくリアルだったんだよ。

まるで本当に来てくれたみたいで」


――夢。自分も陽菜の夢を見たことを思い出したが、それを告げることはしなかった。


「…もしかして予知夢だったりして?」

軽く冗談めかして言うと、陽菜は笑った。

「ふふ、じゃあ明日本当に来ちゃう?」

「お、じゃあ本当に行くか。朝の荷物持ちに」


「えっ、いいよそんなの」

「いいって。病み上がりは特別扱い」

「…じゃあ、お言葉に甘えようかな」


「帰りはちょっと出かけるから、早めに教室出よう。

また送るからさ」


陽菜の頬がわずかに染まり、夕陽の色と溶け合って柔らかく滲む。ほころんだ顔はゆっくりと頷いていた。


その頃――。


坂道を上がり来る風は少し冷たく、やがて訪れる季節の香りを鼻腔へと柔らかく運ぶ。

織江は歩きながら、ちらりと横を見た。


「今日、部活サボったんだ?」

「サボりではない。休みにしただけだ」

「そういうのを世間ではサボりって言うんだよ」

「お前に言われる筋合いはない」

「ひどいなぁ」


軽口を交わしながら、二人は並んで歩く。

沈む夕陽が長く二人の影を伸ばしていた。


少し沈黙が落ちたあと、悠眞が言った。

「明日、少し出かける。翔流と」

「そっか。明日は居ないんだ…」

「いや、帰宅までは付き合う。だが、早めの支度を頼む」

「本当に?時間は平気…なんだろうね。ありがと」


織江はそう言って、前を向いたまま微笑んだ。

――悠眞に限って遅刻してまで送ろうとは言ってくれないんだろうな、と。

その笑みには、どこか小さな寂しさが混じっていた。



翔流と陽菜、悠眞と織江――


二組の足音が、違う道を通りながら、

同じ夕陽の中へ溶けていった。


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