第七章 その4
週末の午後。
窓の外では赤くなり始めた陽が、街の屋根を淡く照らしている。
静かな館内に紙をめくる音が響き、翔流は資料の山を前に眉をしかめた。
「…やっぱり、どこにも出てこねぇな」
向かいに座る風祭美音が顔を上げる。
「朱の咎ですか?」
「そ。地名とか神社関係とかは出るんだけど、言葉そのものがないね」
美音はペンを唇に当て、少し考えるように言った。
「…じゃあ、関係しそうな人の方から辿るのはどうです?」
「人?」
「はい。洞窟を埋めたのは神社なんですよね?当時の総代とか、関係者の記録が残ってるかもしれません」
翔流は少し身を乗り出す。
「神社の総代って、今も同じ家がやってるのかな?」
「ええ。朱山神社の氏子総代は、代々ひとつの家が務めてます」
「…龍城、だな」
翔流の口から自然に出た名を聞いて、美音がわずかに首を傾げた。
「龍城さんって…あの?」
「…そ。その」
「へぇ…。なんだか、名前だけで空気が変わる気がしますね」
美音が苦笑すると、翔流は軽く肩をすくめる。
「まぁ、地元じゃ知らない人が居ないくらいの家だし。朱山神社の総代も務めてる」
「やっぱり。となると、貴方が言っていた洞窟の件にも関わってる可能性がありますね」
翔流は少し考えこみ、そして静かに言った。
「…知り合いがいる」
「知り合い?」
「俺も龍城の分家だしな」
美音の目がぱちりと瞬く。
「えっ…そうだったんですか!?」
翔流は少し照れたように鼻をかいた。
「まぁ、ずいぶん昔に枝分かれした家だよ。今はただの小市民」
「あ、そう言えば――」
美音がぽんと手を打つ。
「私、あなたの苗字、ちゃんと聞いてませんでしたね」
「代山。代わるに山って書いて、しろやま」
「代山さん、ですね。なるほど……なんだか歴史ありそう」
「あるんだかないんだか、詳しくは聞いてないんだ」
ふたりの間に、穏やかな笑いが生まれる。
壁の時計はもうすぐ五時を回ろうとしていた。
「…そろそろ閉館ですね」
「だね。また来週、続きをお願い」
「はい。あ、学校はちゃんと行ってくださいね」
「バレてる?」
「バレバレです」
その言葉に翔流は苦笑し、美音もつられて微笑む。
夕陽が窓を染め、閲覧室の空気が朱色に満ちた。




