第七章 その3
夕陽が障子を透かして、畳にやわらかな格子を描いていた。
部屋には煎じ茶と薬草の香りが漂い、どこか懐かしい温もりがある。
陽菜は居間の布団の上で背を伸ばし、窓の外をぼんやりと眺めていた。
換気に、と少しばかり開いている窓から、橙色の風が頬を撫でる。
隣室には祖父母の気配。いつも通りの夕方の雰囲気だ。
「…おじいちゃん」
襖を開けて隣りの部屋を覗きながら声をかける。
新聞を畳んでいた祖父が穏やかに顔を上げた。
「なんだい」
「翔流くんが、来たの」
「この前のお見舞いの話かい?」
「ううん。さっき。悠眞くんと一緒に」
祖父は少し眉をひそめた。
「さっきって…今日は誰も来ていないが」
陽菜は首をかしげる。
「うちに来たけど、開いてなくて帰っちゃったの」
その言葉に、台所から祖母が顔を出す。
「夢でも見たんじゃないかい?あたしたちは家に居たけど、お客さんは来なかったよ」
「…そう、かな」
陽菜が答えると、祖母はにやりと笑う。
「そんなに彼に会いたいのかい?」
「えっ!? ち、ちがっ……!」
陽菜は慌てて顔を赤らめる。
「そ、そんなことないよっ!」
「ふふ、はいはい」
からかうように笑う祖母の声に、陽菜はぷいと顔をそむけた。
「もう…」
ふと、胸元に手をやると、うっすらと汗が滲んでいた。
「…汗かいたから、着替えて寝よ」
ぽつりと呟き、陽菜は立ち上がる。
祖父母が微笑みながら部屋を出ていく音を背に、襖を閉めた。
鏡の前に立ち、パジャマのボタンを外す。
肌に触れる布が、ひやりとして心地いい。
長く寝込んでいたせいか、少し痩せたように見える。
胸元をタオルで拭きながら
「…なんか、前よりちいさくなっちゃったかも」
少しだけ緩く感じる下着を直しながら、鏡の中の自分に小さくつぶやく。
頬をつつき、髪をかき上げてみる。
見慣れたはずの顔が、どこか違って見えた。
少し大人びたような、少し寂しげなような――。
「…翔流くんも大きい方がいいって思うのかな」
ぽつりとこぼれた言葉に、自分で顔を赤くする。
「なに考えてんだろ、私……」
苦笑しながらタンスを開け、薄い部屋着を取り出す。
白いシャツの袖を通すと、ひやりとした布地が肌を包んだ。
机の上には、飲みかけのスポーツドリンク。
枕元には開きかけの文庫本と、花瓶に挿した萩の枝。
少しずつ、日常が戻ってきている。
陽菜はベッドに腰を下ろし、窓の外に視線を向けた。
夕暮れが夜に溶けはじめ、鈴虫の声が遠くで鳴いている。
「…おやすみ」
小さな声でそう言って、布団に潜り込む。
障子の外では、秋の風が雨戸を揺らす音が響いた。




