第七章 その2
放課後の陽はまだ傾ききらず、山裾の神社の屋根を淡く染めていた。
秋の虫の声が遠くで途切れ、代わりに風が木々を撫でる音が広がる。
翔流は坂道を登りながら額の汗を拭った。
その隣では、悠眞が静かな足取りで並んで歩いていた。
「しかしホントに来るとは思わなかった」
「言い出したのはお前だろう」
「まぁそうだけどさ。…夢にまで見せられたら、行かずにゃいられねぇだろ」
「なら、よく目を醒まして現実をよく見るんだな」
「出たよ、龍城理論」
「事実だ」
軽口を交わしながら、ふたりは朱山神社の境内を抜けた。
本殿の裏へ回ると、そこには広い空き地があり、杉の木立が風にざわめいている。
土の地面には砂利が混じり、ところどころに古い注連縄の切れ端が落ちていた。
「…たしか、この辺りだったはずだ」
翔流が言い、目を細めて奥を見た。
神社の裏手の崖――黒々とした岩肌が、苔に覆われている。
その一部に、小さな社が寄り添うように建っていた。
板張りの屋根は風雨に晒され、柱は少し傾いている。
「…あれか」
悠眞が言う。
二人は近づき、社の正面に立った。
社の足元には石段が数段あり、その奥――木製の扉の下部からは、かすかに岩肌が覗いている。
「中、洞窟だったんだよな」
翔流が言った。
「…そうだ。今は完全に塞いであるな」
悠眞がしゃがみ込み、扉の隙間を見た。
わずかに覗く土と石灰の層――それは確かに埋められた跡だった。
「…やっぱり、ここだよな」
翔流が小さく呟いた。
風が一度止み、空気がひやりと変わる。
耳の奥で、自分の鼓動がやけに大きく響いた。
「…そうか。ひとつ思い出した」
悠眞の声が低く落ちる。
「俺はあの時――陽菜を見つけたあと、助けを探しに山を駆け下りた。
その途中で神主さんに会ったんだ。朱山神社の。
あの人が救急車を呼んで…そして、神社の中から俺の祖父が出て来た」
翔流は振り返った。
「おじいさんを?」
「ああ。龍城家は氏子総代だ。
たぶん、洞窟を埋める段取りだったんだろう。危険だったしな」
悠眞は立ち上がり、崖の上を見上げた。
陽光が木の葉に反射し、微かに目を射す。
「…そういうの、お前の家らしいな」
「家の用事だ。俺が口を出すことじゃない」
翔流は社の前に立ったまま、足元の砂利を踏む。
土が冷たい。
空気が重く、どこか湿っている――初秋の夕暮れとは思えないほど。
「…なぁ、悠眞。ここ、ちょっと寒くないか」
「気のせいだろ」
そう言いながらも、悠眞も腕に鳥肌が立っているのを感じていた。
ふたりの間に沈黙が落ちる。
風が戻り、社の屋根の隙間から紙垂がひとつ、ゆっくりと舞い落ちた。
「…結局、何もなかったな」
翔流が笑うように言うと、悠眞はわずかに口角を上げた。
「いや、思い出せた。あの日のことを」
翔流は息を吐いて、社の木肌をそっと撫でた。
乾いた感触の奥に、どこか熱のようなものが残っている気がした。
「…まぁ、確かにな」
夕陽が崖の端を染め、社の影がふたりを包む。
鳥居の方から吹き抜けた風が、二人の髪を揺らした。
何も見つけられなかった。
けれど――ここに来た意味は、確かにあった。
その思いを胸に、ふたりは静かにその場を離れた。
背後で、崖の影がゆっくりと伸び、沈む陽の中に溶けていった。




