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朱の山  作者: 晦ツルギ
第一幕

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33/107

第六章その8

――夢。

夢の中にいる。

自分が夢を見ていると自覚している夢。

明晰夢と呼ばれるその夢の中、翔流は山道を歩いていた。

薄ぼんやりとした意識の奥で、風の音が聞こえる。

木々が揺れ、朝の匂いが鼻をくすぐった。


――ここは。


目を上げると、朱山神社の石段があった。

霧のような靄がかかり、湿った苔の匂いがする。

足元に光が差し、鳥居の朱が淡く滲む。


(…ここ、知ってる)


自分の手が小さい。

声も高い。

見覚えのあるトレーナーとジャージ。


(…あぁ、あの朝だ)


悠眞と約束して洞窟に行った日。

陽菜には「危ないから来るな」と言った。

彼女は少し寂しそうに笑って、「わかった」と言った。


――そうだ、それなのに――。


風がざわめき、景色が変わる。

気づけば翔流は洞窟の前に立っていた。

湿った岩肌、濃い影。

朝靄の中に、悠眞の声が響く。


「翔流!あそこ…誰か倒れてる!」


翔流は息を呑んだ。


――そう、そうだよ。ここで陽菜が…。


岩の前、土にまみれた白いワンピース。

長い髪が地面に広がり、小さな体を小さく震わせている。


「…陽菜?」


膝をつき、肩を抱き起こす。

頬は赤く、唇がかすかに動いた。


「かける…くん…?」


掠れた声。

熱い。

触れた手のひらに、火が移ったような熱が伝わる。


「陽菜!大丈夫か!」


悠眞が慌てて近づく。

その顔には焦りと恐怖が入り混ざっていた。


「僕、大人呼んでくる!翔流、陽菜を頼む!」


そう叫ぶや否や彼は駆け出す。


――こんな時も悠眞は冷静だったな、まだ子供なのに――


足音が遠ざかり、森のざわめきが再び戻る。


翔流は陽菜を抱き寄せ、膝に頭を乗せた。

息が浅く、汗が首筋を流れていた。翔流は陽菜を膝に乗せたまま、苦労してポケットからハンカチを取り出し陽菜の汗を拭く。


――陽菜、この後だ。暫く寝込んで…そのまま転校しちまった――


「陽菜……もうすぐ助けが来るからな」


声が震えた。

風が止む。

世界が、音をなくす。


その瞬間だった。


洞窟の奥。

暗闇が“動いた”。


真の闇と言うべきか。光も届かず音もない中、空気がゆらりと歪む。

そこだけが、まるで水の底のように波打っている。


(……なんだ、あれ)


――俺、こんなの…見ていた…のか?――


翔流は息を呑んだ。

見ちゃいけない、そう感じるのに、目が離せない。


闇の形が、ゆっくりと変わる。

細長く、しなやかに――まるで首をもたげるその姿は――。


――龍…?いや、まさか――


土の匂いに混じって、鉄と海の匂い。

何かがそこで生きていると錯覚するほどの気配がそこにあった。


翔流は陽菜を抱く腕に力を込めた。

守らなきゃ、という思いがそれだけを動かしていた。


「…陽菜、大丈夫。俺がいるから」


闇は応えるように波打ち、洞窟の奥から風が吹き抜ける。


朱い光が一瞬だけ閃き…



次の瞬間、翔流はベッドの上で目を覚ました。


天井の暗がりには蛍光灯の小さな常夜灯。

額には冷たい汗。

指先には――。幼い陽菜の温もりがまだ残っている気がした。


(…夢…いや、夢は夢だけど、そうじゃない。あれは…)


彼は息を吸い、掌を見つめる。

気づくと全身に汗をかいている。

(流石に着替えるか…)


ベッドから起き上がるとパジャマを脱ぎ、無性に渇く喉を癒そうとキッチンへと部屋を出る。

明け方の冷たい空気の中、冷蔵庫から取り出した麦茶を口に含みながら、彼は夢の情景を思い返さずには居られなかった。


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