第六章 その5
分厚い目録のページをめくるたび、
古い紙の匂いがふわりと立ちのぼる。
美音は慣れた手つきで索引をたどりながら、
小さく首を傾げては、ページを入れ替えていく。
「“朱の咎”…“朱”…“咎”…うーん、どこかに…」
つぶやく声は小さいが、どこか楽しげだった。
翔流は隣でその様子を見ていた。
彼女の指先が紙をめくるたび、細い手首に光が反射する。
柔らかく波打つ赤茶の髪が頬にかかり、
彼女は無意識にそれを耳にかけ直した。
その仕草の一つひとつが自然で、
(陽菜に、どことなく似てるな)
と、翔流はふと思った。
声の調子も、少し照れくさそうな笑い方も。
ただそれだけで、胸の奥に小さな痛みが残る。
翔流は机の上に積み上がった目録の山を見て、思わず苦笑した。
「すみません、仕事増やしちゃって…。」
「いいんです。久しぶりに“学芸員の仕事”って感じがして、楽しいですよ」
そう言って笑う美音の瞳は、
展示室の淡い光を映して柔らかく揺れていた。
それからさらに三十分ほど、
紙の束をめくる音だけが静かに続いた。
「…あ」
美音がふいに小さく声を上げる。
翔流が覗き込むと、彼女の指が古い索引の一行に止まっていた。
「ここ。“朱ノ咎”ってあります。かなり古い記録みたい」
指差した行の横には、薄く消えかけた墨字で、
《龍頭山に朱ノ咎あり。封ず。》
とだけ記されていた。
「…これですね。でもこれ“龍頭山”とあるので、まだ“朱山”と呼ばれる前のことみたいですね」
美音は古い紙の束を持ち上げながら、目を細めた。
「不思議ですよね。“朱山”の“朱”を先に使ってる…?」
「封ず…って、封印の“封”ですよね?」
「そうですね。これ、江戸より前…あ、治承とあるので鎌倉時代くらいでしょうか?
でも詳細は抜け落ちてるみたい。
“朱ノ咎”が何なのかは…」
言いながら、美音は静かに唇を結んだ。
翔流は記録の紙を見つめながら、
胸の奥で何かがざらつくような感覚を覚えていた。
「…ありがとうございます。これ、もう少し調べられます?」
「はい。続きが気になるなら、明日またいらしてください。引き続き調べておきますから」
微笑む美音の声は穏やかで、翔流は小さく息を吐きながら頷いた。
「じゃあ、また明日―」
外はもう夕暮れ。
展示室の窓から差し込む橙の光が、
机の上の“朱ノ咎”という文字を静かに染めていた。




