第六章 その4
展示室の空気はまだ朝の冷たさを残していた。
窓から差し込む陽光が、展示ガラスの上でやわらかく反射し、
その光の中に漂う埃までもが金色にきらめいている。
美音はスカートの裾を気にしながら、
デスクに積まれた資料の山を少しだけ整理していた。
薄く波打つ赤茶の髪が肩からこぼれ、
光に透けて橙色を帯びて見える。
「…あら」
顔を上げると、昨日の少年が立っていた。
「わぁ。また来てくれたんですね」
翔流は少しだけ気まずそうに笑い、
首の後ろを掻きながら「おはようございます」と言った。
「昨日の展示、もう一回ちゃんと見たくて」
「嬉しいですけど…あれ? この時間、学校は?」
「えっと…今日はちょっと、パスって言うか」
「えーっ!」
美音は目を丸くし、すぐに笑って肩をすくめた。
「もしかして、悪い子なんですか?」
「違いますって。ちゃんと理由があるんです」
「ふふ、言い訳聞きましょうか」
その笑顔は、展示室の朝の光よりも柔らかかった。
翔流はつい目を逸らしてしまい、
言葉を探すように視線を泳がせる。
「実は“朱の咎”って言葉を調べたくて来たんです」
「朱の……咎?」
美音は少しだけ眉をひそめる。
その仕草に、彼女の長いまつげが影を作った。
「どういう言葉なんですか?」
翔流は、曖昧な笑みを浮かべてポスターの方を見た。
「いや、正直よくわかんないんです。
漢字も合ってるかどうかも怪しくて。
でも、外の看板に“朱の紅葉に向けて”って書いてあるのを見て――
なんかピンと来たっていうか」
「え?」
美音は目を瞬き、それから口元をほころばせた。
「見てくださったんですね、あの看板。嬉しいです」
「え、あれ職員さんが描いたんですか?」
「はい。イラストも文字も全部手描きなんですよ」
そう言いながら、美音は頬の横の髪を指先で直した。
その細い指先が、光を掬うように動く。
「でも、誰からも感想を聞けなくて……評判どうなのかなって、ちょっと気になってたんです」
翔流は素直に笑った。
「いいと思います。すごく温かい感じで」
「…ありがとうございます」
小さく頬を染めながら、美音はスカートの裾を整えた。
どこか照れくさそうな仕草が、彼女を身近に感じさせる。
「“朱の咎”でしたね」
気を取り直すように言いながら、美音は分厚い目録を取り出す。
「漢字は“咎める”の咎で合ってますか?」
「たぶん…ですけど」
「じゃあ、古い資料に出てこないか探してみましょう」
分厚い目録のページをめくるたび、古い紙の匂いがふわりと広がる。
光沢のない指先が一行ずつ文字を追い、翔流はその横顔をじっと見つめていた。
近くで見ると、彼女の肌は驚くほど白く、ほのかに桜色の血が透けて見えるようだった。
穏やかな笑みと、どことなく儚げな雰囲気―。
(なんとなく陽菜に似てるな)
カリカリと鉛筆が紙を走る音だけが響く。
外では秋の風が木の葉を揺らし、朱山の静かな朝が、展示室を包み込んでいた。




