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朱の山  作者: 晦ツルギ
第一幕

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27/107

第六章 その2

読んでいただけて嬉しいです。

午後四時半。朱山市郷土資料館の展示室は、今日も静まり返っていた。

壁際の時計が、やけに大きな音で時を刻んでいる。

外の木々はすっかり色づき、風に揺れるたび葉の音がかすかに響いた。


風祭美音かざまつり みおんは、スカートの裾を整えながらデスクに座り、スケッチブックを覗き込んでいた。

筆ペンで描いているのは、新しい展示のポスター。

“朱山の伝承展 ― 龍と海と人の記憶 ―”

タイトルの下で、龍が雲の合間をゆるやかに泳いでいる。


「…もう少し、目を優しくしてあげようかな。子どもにも気に入ってもらえるように…」


小さく呟く。声も仕草も柔らかい。

肩のあたりで束ねた髪がふわりと揺れ、赤茶の毛先が光を含んだ。

彼女の髪は、もともと少し癖がある。

毛先にかけて自然に波打ち、左右に分けて結っているせいで、

どこか子どものような可愛らしさを残していた。


線を整えながら、美音は小さく息をつく。

机の上には色鉛筆の缶と香りのするハンドクリーム。

昼過ぎの来館者は、結局ゼロ。

来客数管理用のパソコンなんて、滅多に仕事をしない電気を食うだけの置物になっていた。

だが、この静けさにも、もう慣れてしまった。


「…まぁ、静かなのも悪くないよね」

独り言のように呟きながら、指先で髪の先をくるりと弄ぶ。

その仕草は無意識のもので、幼いころからの癖だった。

少し寂しいとき、考えごとをするとき、いつもそうしていた。


大学を出て半年。

東京で過ごしたころの喧騒が、もうずいぶん遠い。

ここ朱山では、時間が穏やかに流れる。

人も空気も柔らかく、少しの努力と気遣いで感謝される。

それが、彼女には心地よかった。


仕上がったポスターを壁にかけ直しながら、美音は笑みを浮かべた。

「よし……これで今日の分はおしまい」

時計の針は、もうすぐ五時を指そうとしている。

窓の外では、夕陽がただでさえ赤い朱山の端を朱に染め、光の帯が展示室の床をゆっくり横切っていった。


鍵束を手に取り、入口の看板を片づけようとした、そのときだった。

――カラン。

入口のドアベルが鳴った。


「えっ……?」

反射的に顔を上げる。

この時間に来客があるなんて、滅多にない。

(そもそも来客自体滅多にないんだけどさ)


扉の向こうには、制服姿の男子高校生が立っていた。

柔らかく整えられた髪に、日焼けした肌。

驚くほど澄んだ瞳をしている。


「あの、もう閉まっちゃいますか?」


明るく、よく通る声。

美音は一瞬だけ言葉を詰まらせ、それから慌てて笑顔を浮かべた。


「い、いえ! まだ大丈夫です。どうぞ、ゆっくり見ていってください」


声が少し高く跳ねる。

自分でもわかる。久しぶりの来客に、少し浮き立ってしまっていた。

しかも――高校生のわりに、ずいぶん整った顔立ちだ。


彼は軽く会釈をして中へ進む。

その背を見送りながら、美音は胸の奥がほんのり熱くなるのを感じた。

(久しぶりに、お客さんが来てくれた…)


展示室の中央で、彼は一枚のポスターの前に立ち止まる。

―それは、美音が先ほどまで描いていた龍の絵だった。

夕陽が差し込み、鱗の朱がゆらりと光を返す。


美音はそっと背筋を伸ばした。

笑みを浮かべ、ほんの少しだけ息を吸う。


「いらっしゃいませ。朱山市郷土資料館へ」


その声は、閉館を告げる時計の音を静かに遠ざけ、静まり返った館内にふわりと花開いたかのようだった。


新しい人物も登場し、ここから話が広がる予定です。

引き続き読んでいただけたら幸いです。

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