第六章その1
朝の空気は冷たく、坂の上に薄い靄が残っていた。
翔流は鞄を片手に、まだ眠たげな表情で校門へ向かっていた。
(罪と咎…)
昨日の授業で聞いた言葉が、どうにも頭から離れない。
意味はわかったつもりなのに、どこかしっくりこない。
罪じゃないのに責めを受ける。そんな理不尽、現実にもご万とある。
「おーい翔流、朝から考え事か?」
後ろから軽い声が飛ぶ。井細田だった。
缶コーヒーを掲げて、眠そうに笑っている。
「よ、おはよ。うーん、まぁ…ちょっと気になることがあってね」
井細田は隣まで寄ると怪訝そうな顔で
「お前が気になること?」
翔流は少し迷ってから口を開く。
「“咎”って言葉、知ってるか?」
「とが? なんだそれ」
「昨日の古文で出てきたんだよ。罪とは違うらしいけど、意味が気になって」
「あぁ、なるほどな。古文で藤原道真の話でもしたんだろ?あの先生福岡出身であの話大好きだから。」
井細田は笑って言った。
「でさ、それよりも…聞いたか? 剣道部で事故あったらしいぜ」
翔流は目を瞬いた。
「事故?なんの?」
「それがさ。昨日の夕方、誰かが倒れて救急車が来たって。うちら進学科の生徒らしいけど、詳しいことは聞いてないや」
「……」
(剣道部で進学科…悠眞と織江先輩も、あっちだよな)
風が坂を吹き抜ける。
落ち葉が二人の足元を転がり、金色の朝日が校舎の壁を照らした。
「ま、部活中の熱中症とかだろ。季節の変わり目だしな」
井細田は軽く言って、缶を傾ける。
「お前も寝不足すんなよ。顔、死んでるぞ」
「…ああ、わりぃ。気をつけるよ。」
翔流は曖昧に笑って答える。
だが心の奥で、“咎”という文字が、昨日よりも重く響いていた。
罪ではないのに責めを受ける。
―でもそれが何だって言うんだ…?
彼の視線の先では、朝の光が道場の屋根にきらめき、翔流は眩しさに目を細めるのだった。




