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朱の山  作者: 晦ツルギ
第一幕

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22/107

第五章その3

秋晴れの朝、体育館の天井から吊られた校旗がゆるやかに揺れていた。

剣道部の交流戦――他校との対外試合。観客席には他校の生徒や保護者が詰めかけ、道場とは違う緊張感が張り詰めている。


「次、石神!」

顧問の声に、織江は深く息を吸った。


昨日の夜、布団の中で何度も繰り返した。

――負けない。今度こそ勝つ。

けれど、握った竹刀の手には微かな震えがあった。


(大丈夫。昨日のことなんか、忘れなさい)

母の声が脳裏をよぎる。

“女の子は剣なんか振り回してないで”――あの言葉が、今もどこかで棘のように刺さっている。


床に正座し、相手と向かい合う。

礼。蹲踞。構え。

観客のざわめきが遠のき、世界が一点に収束する。


開始の笛。


「面っ!」

織江は一気に間合いを詰め、渾身の一撃を放つ。

乾いた打突音が響く。

だが、相手は巧みに竹刀を捌き、体を滑らせて織江の攻めを受け流した。


(焦らない……落ち着いて)

息を整える。次の瞬間、相手が一歩踏み込み、鋭い小手。

竹刀がぶつかる。腕に痺れるような痛みが走った。


二本目。

立て直したつもりが、体は思うように動かない。

昨日の悠眞との試合が、脳裏に焼きついて離れない。

彼の静けさ、揺るがぬ姿勢――あの時の“届かない感覚”がまた蘇る。


(どうして……どうして届かないの)


「胴っ!」

視界の端を光が走り、次の瞬間、打突が決まった。


笛が鳴る。終了。


織江はその場に膝をつき、竹刀を支えに小さく息を吐いた。

勝負が決まった瞬間、心の奥で何かが音を立てて崩れた。


――負けた。


観客席から拍手が沸き起こる。

けれどその音は、遠い世界の出来事のように聞こえた。


「石神、大丈夫か?」

仲間の声に、織江は笑顔を作る。

「うん……ちょっと外の空気、吸ってくる」


彼女は竹刀を手に、静かに体育館を出た。

胸の奥には、焼けるような敗北の痛みだけが残っていた。

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