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朱の山  作者: 晦ツルギ
第一幕

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17/107

第四章 その4

 文化祭前日。教室は活気と喧噪に包まれていた。

机の上には布切れやハサミ、使いかけの絵の具が散乱し、誰もが作業に追われている。


陽菜は窓際の席で針を進めていた。

白布を幽霊の衣装に仕立て上げる手元は迷いなく、縫い目は細かく整っている。


「春日さん、これすごいな」

後ろからクラスメイトが覗き込み、感嘆の声を漏らす。

陽菜は小さく赤面し、「いえ……」と俯いた。


――その時だった。


机の端に置いた衣装がふいに滑り落ち、床に広がった。

慌てて拾い上げた陽菜の視線が、一瞬で凍りつく。


白布の裾に、汚れた足跡が残っていた。


「……っ」

呼吸が浅くなる。


 昨日のことが頭をよぎる。

放課後、なかなか見つからなかった鞄は下駄箱の外に投げ出されていた。

砂と足跡にまみれ、持ち手の布は歪んでいた。必死で拭き取って家に持ち帰ったが、胸のざわめきは消えなかった。


(……やっぱり…わざとなんだ…)


顔を上げると、穴部紗季が無表情のまま机の横を通り過ぎていくところだった。


「ごめん、邪魔しちゃった?」

淡々とした声。だが、その瞳には悪びれた色がない。


「……大丈夫、です」

唇が震えた。声がかすれ、自分でも聞き取れないほどだった。


 昨日の鞄、そしてこの態度――

線がつながった瞬間、陽菜の心は崩れ落ちる。


視界が滲み、針も糸も見えなくなる。

立ち上がった陽菜は、鞄を抱えたまま教室を飛び出した。


「春日さん? どうしたの?」

誰かの声が追ってきたが、耳に入らない。


廊下を駆け抜ける途中、前から歩いてきた翔流とぶつかりそうになった。


「おっと……陽菜?」

翔流の声を聞いた瞬間、陽菜がぱっと顔を上げる。

その瞳には涙がいっぱいに溜まり、今にも零れ落ちそうに揺れていた。


 翔流が息を呑む間もなく、陽菜は視線を逸らし、慌てて俯いた。

涙を見られまいとするかのように顔を伏せ、そのまま翔流の脇をすり抜けて走り去った。


伸ばしかけた手も届かぬまま、翔流は呆然と立ち止まる。

焼き付いたのは――あの一瞬の、張り裂けそうな表情。

角を曲がって姿が消えるまで、翔流は動けずにいた。

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