第四章 その2
文化祭を数日後に控えた放課後の教室は、まるで工事現場のような喧噪に包まれていた。
机や椅子は壁際に押しやられ、代わりに木材や布、工具が無秩序に積み上げられている。
打ち付けられる金槌の音、ガムテープを引きちぎる乾いた音、脚立を動かすきしみが重なり合い、熱気と木材の匂いが充満していた。
「おい翔流、そっち押さえてくれ!」
「おう、任せろ」
翔流は躊躇なく駆け寄り、木枠の片方を大きな手で支えた。背の高さを活かし、暗幕を留めやすいように角度を調整してやる。その動きだけで周囲の作業は一気に捗り、「さすがだな」と男子たちが感嘆の声を漏らした。
「翔流、ノコギリどこやった?」
「え、ノコギリ? さっきまでこの辺に……」
翔流が辺りを見渡した、その時だった。
すっと彼の前に木製の柄と、その先につながる銀色の刃が差し出される。
「はい。これ…だよね?」
声の主は陽菜だった。両手で大事そうにノコギリを抱え、控えめに差し出している。長い袖の端をそっと押さえている仕草がどこかぎこちなく、差し出す指先がほんのり震えているのを、翔流は間近で気づいた。
「お、サンキュ。助かる」
「…うん」
交わされた言葉はそれだけだったが、不思議と温かい間が生まれる。翔流の笑みを前に、陽菜の頬はじわりと紅潮していった。
そんな様子を見逃すはずもなく、颯太がにやりと口角を上げた。
「ほら、やっぱり息ぴったりじゃねえか!」
「ほんとだよ、もう息合いすぎ!」
と沙耶がすかさず茶化す。彼女はわざと大きく手を挙げ、教室中に響く声で叫んだ。
「はーい!式はいつですかー?ブーケは私にちょうだいね!」
その瞬間、周囲の手が一斉に止まり、笑いがどっと広がった。
「ちょ、おまっ……!」翔流は苦笑しながら木枠を押さえ直し、顔をしかめる。
「ち、ちがっ……! ちがいます!」陽菜は慌てて首を振り、顔を真っ赤に染めながら机の布に視線を落とした。布の端をぎゅっと握る仕草が、かえって動揺を物語っていた。
しかし、彼女の気配りは止むことがなかった。翔流が釘を探そうと手を止めれば、すぐに小箱が差し出される。紐を探せば「これ?」と控えめな声とともに手渡される。翔流が振り返るたび、陽菜は目を合わせられず、すぐに視線を逸らした。
「ほんと便利だな、お前」思わず翔流が笑みをこぼすと、陽菜は「べ、便利って……なにそれ」と唇を尖らせ、俯いた。
それでも耳の端まで赤く染まり、どこか誇らしげな色を隠しきれない。
「便利って! もう完全に奥さんポジションだろ!」颯太が畳みかけるように叫び、沙耶も「青春だねぇ〜、幸せそうで眩しいわ〜」と大げさにため息をつく。
笑いと冷やかしに包まれる教室。熱気に浮かれた空気が一層弾み、文化祭前の高揚感が充満していく。
ただ、その喧噪の片隅で。暗幕を押さえながら黙々と作業を続けていた紗季の瞳が、一瞬だけ鋭く揺らいだことに気づく者は、誰一人としていなかった。




