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朱の山  作者: 晦ツルギ
第一幕

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13/107

第三章 その5

突如として響く男の咆哮が、花火の音をもかき消した。

的屋風のその男は人混みや屋台に構わず、何もかも蹴り倒し、踏み越えながら山車に向かっていく。


「危ない!」「逃げろ!」

 怒号と悲鳴が入り乱れ、人々は押し合いへし合いで四方に散っていく。倒れた屋台の鉄板が地に響き、甘い綿菓子や焼きそばの匂いが土埃と混じり合った。


 子どもの泣き声。誰かを呼ぶ母親の叫び。

祭りの鮮やかな光が一瞬で混乱に呑みこまれていく。


「やめろっ!」

 翔流は反射的に走り出していた。男の肩を掴もうとした瞬間、山車が大きく軋んだ。

信じがたいことに男は一人で山車を持ち上げ、倒そうとしているのだ。木材が悲鳴を上げ、ゆっくりと倒れこむ。


「嘘だろっ……!」

倒れ跳ね上がる山車の車輪により地面に叩きつけられた翔流は、腕で顔を庇う。

花火に彩られながら舞い上がる砂埃の向こうで、小さな影が必死に泣き、叫んでいた。

夜空には変わらず大輪が咲き、不安げな人々の顔を照らし出す。

(こんなの……おかしい!みんな祭りを楽しんでいただけなのに!なんで…!)


 翔流は歯を食いしばり、横倒しにされた山車へと身を投じた。

とても持ち上がるはずのない重さ。けれど――全身の奥から、燃えるような力が溢れ出す。


「うおおおおおっ……!」


花火の閃光に照らされ、筋が裂けるような痛みに耐えながら、山車がほんの僅かに浮き上がる。

その一瞬の隙間に手を差し入れ、子どもの体を引き抜いた。


 泣き声が腕の中に戻ってきた瞬間、翔流は膝から崩れ落ちた。

(俺…どうやったんだ?)

息が荒く、全身が震える。自分がやったことを信じられない。


 周囲の大人たちが駆け寄り、ようやく救助が広がる。救急車のサイレンが遠くから近づき、動かなくなった的屋の男は警官に囲まれている様子だ。

混乱の渦の中で翔流はただ呆然と夜空を仰いだ。


花火は何事もなかったかのように咲き、散り、夜を鮮やかに彩っている。


 ――同じ夜、花火の光の下で。


 陽菜は庭先に立ち、花火を見上げていた。

まばゆい光が夜空に大輪を咲かせ、遅れて届く重い響きが胸を震わせる。

まるで家の真上で開いたかのように、視界いっぱいに色彩が広がった。


 金は星屑の雨となり、赤は燃える想いのように、蒼は澄んだ祈りのように宵闇を染めていく。

光の粒が降りかかる錯覚に、陽菜は思わず手を伸ばした。

指先に触れられるはずもないのに、すくい上げようとするように。


「…わあ!」


 声が自然に零れ、頬がほころぶ。

その笑顔は紅に照らされ、蒼に包まれ、金に彩られ、花火よりも鮮やかに輝いていた。

知らず知らずにこんなふうに笑った自分に、胸がくすぐったくなる。


「翔流くんと、一緒に見られたらいいのになぁ……」

小さな呟きに、自分で頬が熱くなるのを感じ、浴衣の袖で口元を隠した。


――せめて夢の中ででも、この光を隣で――。


 ひときわ大きな大輪が夜空を裂き、彼女の笑顔を照らした。

それは盛夏の一夜に咲いた夢のように、儚くも眩しい時間だった。


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