第三章 その2
翔流はグラウンドの片隅でタオルを首にかけ、額の汗をぬぐった。
助っ人に呼ばれた野球部の練習試合。短いイニングだけの登板だったが、初めて扱う球種も難なく投げ分け、守備でも軽やかな動きを見せた。
「おーい、翔流!」
駆け寄ってきたのは同じクラスの富水颯太だった。グローブを片手に満面の笑みを浮かべている彼は、休み時間になると翔流の周り来て明るく喋り過ごしている友人だ。帰宅部だったが、少年野球をやっていた関係で時々呼ばれるんだ、と以前言っていたのを思い出した。
「おつかれ!やっぱ翔流すげーな、あんなのレギュラーでもなかなかできねーって!」
翔流は肩をすくめ、タオルで汗を押さえながら気のない調子で答える。
「別に。遊びみたいなもんだろ」
「はは、そういうとこだよなー」颯太は苦笑し、続けざまに声を弾ませた。
「そうだ、今日の夜さ、商店街で祭りがあるんだよ!なぁ、一緒に行こうぜ」
「……祭り?」翔流が首を傾げる。
「そう! 出店とかいっぱい出るし。沙耶も来るって言ってるんだ。楽しくなるぞ」
「沙耶も?」それとなく颯太の沙弥への想いを感じていた翔流は少し考え、短く答えた。
「んー…。まあ、いいけど」
「よっしゃ! じゃあ決まりな」
その会話を、校舎の脇道から偶然耳にしていた女生徒がいた。
穴部紗季だ。手にしていた鞄を抱え直し、目を見開く(翔流くんと……お祭り……!)
胸が高鳴り、衝動に駆られるように校門を出たところで、ちょうど帰宅しようとしていた鴨宮美羽に声をかけた。
美羽は進学科ながら休み時間になると翔流の周りに来て、物静かながら雰囲気を楽しんでいる。
誰も押しのけず誰とでも楽しそうに笑う翔流達の空間は、少しばかり気の弱い彼女には居心地の良い場所だった。
「ねえ、美羽。一緒にお祭り行かない?」
「……え? お祭り?」
「そうそう! 翔流くんたちも来るんだって。みんなで行ったら楽しいと思わない?」
唐突な誘いに美羽は戸惑ったが、断りきれずに小さく頷いた。
「……うん」
紗季は安堵の笑みを浮かべ、そそくさと帰路につく。その足取りは軽やかで、まるで浮き立つ気持ちを隠しきれないようだった。
――そして、夕暮れ。
赤く染まる空の下、商店街には人の波ができていた。
提灯が揺れ、浴衣姿の人々が行き交い、焼きそばや金魚すくいの匂いと声が溢れている。
颯太と翔流、そして飯田岡沙耶が先に待ち合わせ場所に現れ、わいわいと話していた。沙弥は浴衣に着飾り、引っ詰めた茶色の髪には古風にも簪が光っている。
「翔流も浴衣着ればよかったのに!」沙耶が笑いながら言う。
「いや、似合わねーだろ」翔流は苦笑して首を振る。
そこへ、紗季と美羽が現れた。
紗季は翔流の姿を見つけるなり笑顔を浮かべるが、沙耶の隣に立つ姿を見て一瞬だけ驚きの表情を浮かべる。
「……沙耶ちゃんも来るんだ」
声は明るく取り繕われていたが、内心のざわめきは隠せなかった。
だが、すぐに笑みを整え、「よろしくね」と沙耶に声をかける。
こうして、夏祭りの夜が幕を開けた。




