プロローグ
初めて書きます。
まだ夜の気配が色濃く残る明け方。山裾の村は白い霜に覆われ、屋根の上からも畑の畝からも吐息のように冷気が立ちのぼっていた。
ひとりの少女が朱山の参道をのぼっていく。
足元の落ち葉は凍りつき、踏みしめるたび「ざくり」と乾いた音を立てる。赤や褐、そしてくすんだ黄――散り敷かれた葉は夜明けの淡い光を受けて、境内へと続く細道を紅に染めていた。それはまるで、自分を誘うために敷かれた道のようでもあった。
寒さに震え、恐怖に胸を締めつけられながらも、それでも歩みは止まらなかった。
昨日の光景が脳裏に蘇る。
――あの時はまだ、夕陽が差していた。
境内で翔流と悠眞と遊んでいたとき、不意に地面が揺れた。小さな地震にすぎなかった。だが裏手の古びた祠はその衝撃に耐えきれず、あっけなく崩れ落ちた。そして、その奥から真っ暗な穴がぽっかりと口を開けているのを見つけてしまったのだ。
翔流の目がきらりと輝いた。
「明日、探検しようぜ。午前中、俺たちで!」
悠眞は苦笑しながらも頷いた。彼は翔流に比べれば慎重だが、それでも少年らしい冒険心を隠しきれなかった。
その輪に混ざりたくて、思わず声を上げかけた。
だが翔流の言葉が先に降ってくる。
「陽菜はだめだよ。女の子だし、危ないから」
心臓がぎゅっと縮む。置いていかれる。彼の隣にいたいのに。
それでも、笑顔を作り、頷くしかなかった。
だから今、誰よりも先にここへ来ている。
少女はポケットから懐中電灯を取り出し、固く握りしめた。冷たい金属が掌に痛いほど食い込む。遠くで犬が吠え、梢の間からは夜明けの鳥が飛び立ち、その小さな物音すら山の静けさにかえって大きく響いた。
石段を上ると朱塗りの鳥居が姿を現した。夜明け前の光を受けて、赤というよりは黒々と浮かび上がっている。
境内に足を踏み入れると、拝殿の前には古びた龍の石像が並び、苔むした鱗の刻み目は白い霜をかぶり、まるで生きているかのように息づいて見えた。
裏手にまわれば、昨日崩れ落ちた祠の残骸がまだそのまま残されていた。その奥で、黒々とした洞窟が不気味に口を開けている。
少女は懐中電灯を握りしめ、ひとつ息を吐いた。
「……中で待ってたら、二人驚くかな?」
そう口に出してみると、不思議と胸の奥の怖さが少し和らいだ。
震える手でスイッチを押すと、懐中電灯の光が闇を鋭く切り裂き、そのまま洞窟の奥深くへと吸い込まれていった。白い息が揺れ、まるで光に導かれるように奥へと消えていく。
少女は一歩、また一歩と足を踏み入れた。落ち葉の朱は途切れ、暗闇だけが広がっていった。




