第四話 古代遺跡と失われた碑文
馬車は揺れる。時折、車輪が小石に乗り上げてはギシリと軋み、乾いた風が車窓を通り抜けた。
悠真は王国から支給された地図を膝に広げつつ、向かう先――東の《セフィラ遺跡》に想いを馳せていた。
「山岳地帯を越えて、ここが最深部の《主神殿跡》……。言語研究者として、こんな場所に足を踏み入れられる日が来るとはな」
馬車の対面には、アレシア姫が座っていた。王族の身でありながら、現地の視察に自ら同行するのは異例だという。
「……ユウマ様。少々、よろしいですか?」
「どうぞ。何か不安でも?」
アレシアは、ゆっくりと言葉を選ぶように口を開いた。
「先日、王宮にてあなたが解読された《星々の門》の碑文。あれは……この大陸に伝わる“封印伝説”と一致しています」
「封印、ですか?」
「かつて、世界を覆い尽くす“語られざる者たち”が現れ、言語を失った民はすべて滅びた。言葉は知識であり、知識は力。力を失った民は滅び、唯一、言葉を守った一族が彼らを封じた――」
それはまるで、寓話のような神話だった。
だが悠真には、その話が単なる空想ではなく、“歴史”であるように思えた。
「その一族が……“ロゼッタ”と呼ばれた?」
「はい。そして、今あなたが持つ力――“言語理解”の加護は、封印を監視する者に与えられし力とも言われています」
その言葉に、悠真の胸がずしりと重くなる。
(俺のスキルは、ただの便利スキルじゃないのか。もし、世界の構造に関わるような力だとしたら――)
* * *
三日後。
セフィラ遺跡は、切り立った岩山の谷底にひっそりと眠っていた。
かつて神官たちが儀式を行っていたとされる主神殿跡。朽ちた柱、崩れた屋根、苔むした石畳の一角に――
それはあった。
「これが……《星語の碑》?」
幅四メートル、高さ三メートルほどの巨大な石柱。中央には、ぎっしりと精密な文字が刻まれている。
言葉では表現できないほど、美しかった。
まるで流れる音楽が形を成したような、旋律と構造を併せ持つ“文字”。悠真は見た瞬間に、体の奥底に震えるような既視感を覚えた。
(……これ、俺、知ってる)
いや、違う。“知っている”のではなく、“理解できる”。
目を閉じると、文字が自動的に意味を結び、浮かび上がってくる。詩のような、祈りのような、呪いのような――重い意味を持つ言葉たち。
「“我ら、言葉を賜りし者なり。語らぬ者の封印は、七つの鍵によって護られん”」
悠真の口から、自然に言葉がこぼれていく。
「“その第一の鍵、星の門。時を巡りし者により再び開かれる時、封じられし語り部は再生し、世界を混沌に戻さん”」
そこまで読み上げたところで、辺りの空気が一変した。
大地が揺れる。碑文の奥にあった封印扉が、ゴゴゴ……と音を立てて開き始める。
「こ、これって……!?」
「ま、まさか……鍵が、反応を……!?」
兵士たちがざわめく中、アレシアが静かに言った。
「……“再び開かれる時”。まさか、ユウマ様が“時を巡りし者”なのでは……」
「俺が……?」
悠真は扉の向こうに広がる、闇の階段を見つめた。そこには、今までのどんな辞書にも記録されていない“言葉の根源”が眠っている気がした。
だが、その奥へ進むには――覚悟がいる。
「行きましょう、ユウマ様。あなたの力があれば、きっと……この封印の意味を解き明かせる」
「……わかりました。でも、約束してください。万が一、俺が取り込まれそうになったら、止めてください」
アレシアはしっかりと頷いた。
「あなたを失うわけにはいきません。……この世界にも、この私にも」
その一言に、思わず胸が熱くなった。
(俺は……この世界の言葉を、理解するためだけに来たんじゃない)
――守るべきものを、この世界で見つけたからだ。
* * *
階段の奥、最深部には、封印の中心である《記憶の部屋》があった。
中央の台座に置かれた石板。それは――ロゼッタストーンそのものだった。
「嘘だろ……なんでここに……?」
刻まれた文字は、あのレプリカと寸分違わない。
だがここには、さらに四番目の言語が刻まれていた。
それは、今まで一度も見たことのない、けれど魂が共鳴するような不思議な文字だった。
「これが……“世界語”?」
悠真は手を伸ばした。指が触れた瞬間、意識の中に直接“声”が響いた。
《言語理解スキル:最上位体系へ進化しました》
《スキル名:統一言語》
《すべての言語の源流にアクセス可能。翻訳、創造、変換、封印解除を許可》
――全身に電流のような衝撃が走る。
世界が反転し、視界が崩れ、時間の流れが断ち切られたような感覚。悠真の身体は石板に触れたまま、その場に崩れ落ちた。
「ユウマ様ッ!?」
アレシアの叫び声がこだました。
だがその声は、もう彼には届いていなかった。
彼の意識は、どこまでも白く静かな場所へと沈んでいく――。
* * *
次章:最終章【ロゼッタの記憶と世界の真実】(5000文字)へ続く――