第三話 言語の加護と王都の依頼
王立図書館――それは王都セリオルの中心部にそびえる、巨大な石造りの建物だった。
悠真はアレシア姫の案内のもと、館内の深部にある「禁書庫」へと足を踏み入れていた。外の喧騒とは無縁の静寂が支配し、積み重なった巻物や羊皮紙、石板の数々が“知の墓場”のように佇んでいる。
「ここに保管されているのは、古代エルデ文明期の碑文や、失われた種族の祈祷書、翻訳不能の契約文など、いずれも意味を成さぬ文字の山です」
アレシア姫が慎重に棚から一枚の粘土板を取り出すと、それを悠真の前に差し出した。
「これは《エルデ第七碑文》と呼ばれ、数年前に遺跡の奥から発掘されたものですが……誰一人、読めた者はいません」
「……ああ、なるほど」
悠真は板の表面をじっと見つめる。そこには渦を巻くような記号と、まるで音を可視化したような線の組み合わせが並んでいた。
(見た目はメソポタミア楔形文字に似てるが、音価はまったく違う。でも……意味は……)
頭の中で、パズルのように単語が組み合わさっていく感覚があった。
「……“星々の門は東より開かれ、暁の使徒は祝福と共に舞い降りる”」
「読めたのですね!?」
「ああ……でも、この文章、文語体っぽいな。口語とは語順が違う」
「さすがです。王国の言語学者でも、そこまでの差異には気づいておりませんでした」
アレシア姫の目が本気になっていた。最初の好奇心とは別の、“この人物は国の鍵を握るかもしれない”という慎重な観察の光があった。
「では、次はこちらを……」
羊皮紙が差し出されるたびに、悠真の頭にスキルが働いた。翻訳というよりは、直感的な「意味の解体と再構築」に近い。すでに彼の能力は、通訳というレベルを超えていた。
1時間後、悠真の前には解読済みの古文書が十数枚積み上がっていた。
「す、すごい……これらの文書の意味が、初めて明らかになった……!」
興奮した様子の文官たちが部屋の外でざわめいている。その中の一人が急ぎ足で姫の元へ駆け寄った。
「姫様! 《東の遺跡》から、新たな発掘報告が届きました! 中央の石柱に、これと似た文字列が発見されたとのことです!」
「……ユウマ様、恐れ入りますが、すぐにご同行願えますか? あなたの力が必要です」
「東の遺跡って……王都から遠いんですか?」
「馬車で三日。山岳地帯を越える必要がありますが……古代エルデの中心都市跡とも言われており、現地調査が急がれています」
(異世界転移して、まさか三日旅のフィールドワークとは……)
だが、悠真は不思議と胸が高鳴っていた。かつて“地球での研究”は限界を迎えていた。資料は尽き、答えは出ていた。しかし――この異世界にはまだ、“解読されていない言葉”が山のように残っている。
「もちろん。俺も、もっと知りたいです。この世界の言葉を、文化を、歴史を」
そう言ったとき、姫の目がほんのりと柔らかくなった。
「ありがとうございます。……あなたと出会えたこと、それ自体が“運命の言葉”なのかもしれませんね」
(なにその表現、詩的すぎない!?)
日本の感覚で聞くとドキッとするが、異世界ではこれくらいが普通なのかもしれない……と、悠真は自分に言い聞かせた。
* * *
その日の夜。悠真は王城の客間に与えられた部屋で、ひとりノートにメモを取っていた。
(この世界に来て数日。分かったことをまとめておくか)
■現状メモ(藤原悠真・記)
●言語スキル
→《言語理解》:視認または聴覚を通じて任意の言語を意味レベルで理解可能。初見の古代語でも約80%即時解読。使用に精神力のような負荷あり。
●この世界の言語事情
→公用語(王国語)は比較的体系が整っており、発音と文字が一致している。
→古代語は構文が独特で、祝詞・詩文・呪文に使用されていた可能性大。
→“精霊語”や“魔導語”と呼ばれるさらに古い言語も存在するという噂あり。
●ロゼッタの加護
→過去にも“言語を超える理解力”を持った人物がいた?
→「世界の真理」と何らかの関連がある?
書き終えたとき、ふと窓の外に目を向けた。夜の王都は静かで、星々が澄み切った空に広がっている。
(ロゼッタストーン……やっぱり、偶然じゃないよな)
異世界に転移した“きっかけ”となった石。あれがただのレプリカだったとは思えない。あの瞬間、確かに“呼ばれた”ような気がした。
その意味を知るには、この世界をもっと深く知る必要がある。
(言葉の先に、何があるのか……)
悠真は、眠る前に小さく呟いた。
「俺は……まだまだ、翻訳したいものが山ほどあるんだよ」
* * *
次章:【第四章:古代遺跡と失われた碑文】(約5000文字)へ続く――