第二話 異世界は未知の言語だらけ!?
王都は、石造りの高い城壁に囲まれた美しい都市だった。遥か向こうまで広がる山並みを背景に、白亜の塔が天を突き刺すようにそびえ立ち、まるで絵画のような光景が広がっていた。
――だが、それをじっくり堪能する余裕は悠真にはなかった。
彼はいま、馬車の中で緊張に喉を詰まらせていた。
(なにこの状況……なんで俺、いきなり王都連れてこられてるの?)
移動の途中、兵士たちはずっと「姫が興味を持っている」「古代の加護だ」と騒いでいた。何を聞いても彼らは「あとで説明する」としか言わず、馬車に乗せられたまま連れて来られてしまったのだ。
唯一の救いは、言葉が“通じる”ことだった。
最初はただ混乱していたが、時間が経つにつれて悠真は自分の状況を冷静に分析し始めていた。
(おそらく、ロゼッタストーンに触れたとき、何らかの力が働いてこの異世界に転移した。そして、“言語理解”っていう能力――スキルか? それが発現して、ここの人の言葉が自然に理解できるようになっている……)
ただの翻訳ではない。文法も、語彙も、発音すら違う言語を「意味ごと理解できる」。会話がスムーズに成立する。
(しかも……)
通された王城の中庭では、庭師が口ずさんでいた民謡を聞いていた瞬間、その意味が「古の民が神に捧げた祈り歌」だと分かった。
(文脈から意味を推測してるんじゃない。言語そのものの“核”を解釈してるんだ)
悠真の思考は、すでに研究者としての冷静さを取り戻していた。
だが、それでも――この世界が「異世界」であり、自分が「迷い込んでしまった存在」である事実は変わらない。
「失礼いたします、異邦の賢者様」
扉がノックされ、控えめな声とともに現れたのは、深紅のドレスに身を包んだ少女だった。
透き通るような白い肌、琥珀色の瞳、繊細な金のティアラ。まさに“異世界のお姫様”という言葉が似合う存在だった。
「私がこの国の第一王女、アレシア・ヴェル=セリオルです。あなたにお会いできて光栄です」
「お、おう……ふ、藤原悠真です。って、言っても通じるのかな……」
「ふじわら……ゆうま、様? とても珍しい響きですね」
通じた。
彼女の口調は礼儀正しく、上品だったが、どこか親しみを込めたやわらかさがあった。
「言葉が通じるのですね。それはやはり、“ロゼッタの加護”……伝説の翻訳者の力なのでしょうか」
「それ、さっきから何人かに言われてるけど……ロゼッタって、この世界にもあるんですか?」
「はい。『ロゼッタ』とは、かつて大陸全土の言語を統一し、民族の争いを終わらせた伝説の賢者の名前です。その名を冠する石板には、三千年前の古代語が併記されていたと伝えられています」
(まさか……地球のロゼッタストーンと同じ?)
だがそれが偶然なのか、それとも何か“繋がり”があるのか、まだわからなかった。
「あなたのように異国から来た者が、“すべての言語を理解する力”を持つという伝説は、王宮の古文書にも記録されています。……ですので、お願いがあります」
アレシア姫は、一枚の古びた巻物を差し出した。
「この文字、解読できますか?」
それは、悠真が見たことのない文字体系だった。三角形や波線、動物のような記号が並んでいる。だが、彼の中の《言語理解》スキルが即座に反応した。
「……これは、祈祷文ですね。“天に祝福を、地に豊穣を”と書いてあります」
「やはり……!」
姫の瞳が輝いた。
「実は、最近発見された《遺跡》の碑文に、これと似た文様が多数刻まれておりまして……それを解読できる者が誰もいないのです。あなたがその言葉を読めるのなら、どうか力を貸していただけませんか?」
「……遺跡、ですか」
悠真は心が躍るのを感じていた。学者として、未知の文字を解読する機会は何よりの興奮だ。そして、その文字が“ロゼッタ”の名を冠した存在に繋がっているとすれば、なおさら。
だが、同時に危険な予感もあった。
(この異世界、ただのファンタジーじゃない。言語を中心に、何か“封印”や“神話”に関わるような深層がある)
「……わかりました。俺でよければ、お手伝いします。言葉の解読には、ちょっとだけ自信があるので」
アレシア姫がにっこりと微笑む。
「ありがとうございます、ユウマ様。ではまず、王立図書館の古文書室にご案内します。そこに、今まで収集された古代碑文の写しが保管されています」
こうして、藤原悠真――異世界に迷い込んだ“言葉の探求者”は、最初の試練へと歩を進める。
それは、異世界の“言葉”を解き明かし、やがて世界の深淵に辿りつく長い旅路の始まりだった。
* * *
次章:【第三章:言語の加護と王都の依頼】(約4000文字)へ続く――