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第一話 ロゼッタストーンに触れたその日

 エジプトの乾いた空気は、肌を焼くように熱かった。


 その日、藤原悠真ふじわら・ゆうまは、考古学チームの一員としてカイロ博物館の地下収蔵庫にいた。照明が点滅する薄暗い倉庫の奥、木製のクレートの中に収められていたのは、世界的にも有名な石――そう、「ロゼッタストーン」の精巧なレプリカだった。


「本物じゃないって言っても、これ……すげぇな」


 黒く艶のある黒色片麻岩の石板。表面には、ヒエログリフ(神聖文字)、デモティック(民衆文字)、古代ギリシャ語の三つの文字が刻まれている。この三言語の併記こそが、かつてナポレオンの時代に古代エジプト語解読の扉を開いた、まさに「鍵」だった。


 悠真は、言語オタクであり、文字マニアであり、大学時代からロゼッタストーンに取り憑かれていた。今もなお、古代語や絶滅言語を一人で研究し、学会でも変人扱いされるほどの熱意を持っている。


「……このレプリカ、構造的にも完璧だ。ほら、ここのヒエログリフ、象形の比率が忠実だ」


 同行していた助手の松尾が苦笑する。


「悠真さん、本物見てるみたいに喋ってますけど、それただのレプリカですからね?」


「いやいや、ロゼッタストーンはレプリカですらロマンなんだよ。三言語の並列構造は、古代世界がひとつに交差した証拠なんだ……。ここに触れると、時空の裂け目でも開いて――」


 その瞬間だった。


 石板の表面に、薄い青白い光が走った。


「……え?」


 悠真が触れていた箇所から、まるで心臓の鼓動のように“トンッ”と反応が返ってきた。光が瞬くたびに、指先が痺れるような感覚に包まれる。


「まさか、これ……本物……いや、違う。でも、なにかが……」


 次の瞬間、悠真の視界が白く染まった。


 ――いや、“白”ではない。すべての色が混ざったような、混沌の中に沈むような感覚。音も、温度も、重力すらも失われる。


「う、わ……ッ!」


 叫ぶ声は、自分のものだったかも曖昧なまま、身体はどこかへ引きずり込まれるように沈んでいった。


 そして、光が――弾けた。


 


 * * *


 


「――ん……」


 地面の感触。乾いた草の匂い。そして……誰かの足音。


 悠真はゆっくりと目を開けた。最初に見えたのは、木々の間から差し込む光と、空を飛ぶ鳥の影。目を凝らせば、それは地球上のどこでもない“異質な風景”だった。


「どこだ……ここ……」


 頭がぼんやりしていたが、確実にわかる。ここは博物館の地下ではない。いや、そもそも――エジプトですらない。


「おい、あれを見ろ! 変な服を着てる!」


「言葉が……わからねぇ!」


 木の陰から現れた男たちは、明らかに異国の風貌だった。長身で浅黒い肌、肩から羽毛のついたマントを羽織り、腰には剣を帯びている。


 言葉は、聞いたことのない音の並びだった。


(やばい、通じない……通訳アプリ……)


 悠真は慌ててポケットからスマホを取り出すが、起動すらしない。電波も、GPSも、バッテリー表示すら映らない――まるで電子機器が“異世界では通用しません”とでも言っているかのように。


 だが、その時だった。


「おい、お前……我らの言葉が理解できるか?」


 ――理解できた。


 さっきまで意味を成していなかった言語が、なぜか“翻訳”されて頭に響くようになっていた。


(どうして……今の、わかった?)


 まるで相手の言葉が、自然と脳内に置き換わる感覚。それは機械翻訳ではない。直感的で、意識に染み込むような“意味の共有”だった。


「おい、こいつ……! 我々の言葉を解するぞ!」


「まさか……古代の“翻訳者ロゼッタの加護”か……!?」


 周囲がざわつく。言葉は通じるが、その意味する内容までは悠真に理解できない。


(翻訳者……ロゼッタ?)


 そして、頭の中に“何か”が流れ込んできた。


《スキル:言語理解ロゼッタを習得しました》


 それは、まるでゲームのような“ログ”だった。意味がわからない。けれど、確かに――。


「俺……異世界に来たのか?」


 困惑しながらも、悠真は立ち上がった。目の前の兵士たちは警戒しながらも武器を抜くことはない。敵意はないと判断したのだろう。


 そして、次に聞こえたのは――。


「この者、姫様がご覧になりたいと仰せです!」


「すぐに城へお連れせよ!」


 混乱の中、悠真は言葉だけを頼りに、この異世界の運命に巻き込まれていく――。


 


* * *


 


次章:異世界は未知の言語だらけ!? へ続く――

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