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迫(せまる) 其の4

「貴様がッ!!」


 背後からの声。間を置かず、獣のような殺気と気配が背中を突き刺さした。殺気だけなら正面の老魔術師以上だ。


「殺すッ!!」


 振り向く暇もなかった。声に合わせ地面から鋭い針が生まれた。串刺しにされたら命が無いと悟る程度には硬く鋭い鋼鉄製の針。それが1つ、2つ3つと正確に足元から生まれ続ける。ただ、回避できない程の速度では――と、恐らく囮の可能性を疑った直後、羽交い絞めにされた。


「貴様がフォシルを殺した男かァ!!」


 耳元の怒号は、殺意と怒気に塗れたいた。顔は分からないが、辛うじて見える腕と声色から結構若い魔術師だと分かる。しかし、が分かったところでどうしようもなければ俺はその女を殺していないと説明したところで聞き入れもしないだろう。


「俺と一緒に死ねッ!!」


 やはり、悪い予感が当たった。コイツ、俺と刺し違えるつもりだ。反射的に正面を見た。老魔術師の表情が、これ以上ない位に歪んでいた。


 全部、察した。お前の仕業か。お前がコイツを言い包め、自爆する様に仕向けたのか。抑え込めない程に膨れ上がった怒りで我を忘れそうになる。頭の辺りがフワッとした奇妙な感覚に包まれ――


「やれやれ、随分と派手好きなヤツだ」


 聞き慣れた声に正気へと押し戻された。爆風が引く豪邸を見た。朦々(もうもう)と立ち昇る爆炎と煙の中からアゾゼオがゆっくりと姿を見せた。


 老魔術師も、ラルビカイトと呼ばれた男もアゾゼオの生存に驚き硬直したが、直ぐに口角を歪めた。獣人状態へと変化したアゾゼオの姿は見るも無残、爆発や飛散した破片により無数の傷を負っていた。さながら満身創痍、生きているだけで奇跡に近い。


「ハハハハッ。呆気ないなッ」


「そうかね?」


「強がりをッ!!」


 老魔術師が勝ち誇った表情でアゾゼオを見下した。


「さて。伊佐凪竜一、少しばかり不甲斐ないさまを見せてしまったが……何方を相手にするね?」


 が、アゾゼオはどこ吹く風とばかりに言ってのけた。


「ワシとしてはそちらの青年の方で頼みたい。尻の青い小僧の躾けには慣れているのと……そちらの外道を相手にすると、うっかりやり過ぎてしまうかも知れんのでな」


 嘘ではないと誰もが理解するのにそう時間は掛からなかった。凄まじい殺気。直前まで勝利を確信していた老魔術師が恐怖し、狼狽えた。完全に飲み込まれたらしい。


「ぐ……ラルビカイト!!」


「チッ、死にぞこないが!!」


 青年が俺から離れ、アゾゼオと対峙するや瞬きする間も無い速度で魔法陣を展開した。その洗練された動作は全く知識を持たない俺でも強さを直感する位だった――


「遅い」


「死ベブロンンンンンーーーグエッ」


 んだけども、瞬きする間も無い速度よりも更に速く動くアゾゼオの前には全く微塵も何の役に立たなかった。いや、遅いですかね?


「魔術師としては一流だ。素晴らしい手並みだと褒めてやりたい。が、手負いと侮った時点で三流以下だ。出直せ馬鹿者」


 満身創痍ながらも的確に相手の顎を撃ち抜き動きを止め、続けざまの裏拳で吹き飛したアゾゼオは絶対相手が聞こえていないであろう助言と共に変身を解き、同時に片膝をついた。


 どうやら限界だったらしい。と言うか、あの爆風の中をソレだけの傷で出てくる方が有り得ないんですけど?あの、味方ですよね?そのムーブ、どっちかと言うと敵――


「馬鹿なッ!?」


 一撃で倒されたラルビカイトの様子に老魔術師が(たま)らず叫んだ。僅か前まで余裕だった顔色は動揺、狼狽、混乱に支配されている。


「後は、任せるぞ」


 ハ、と声に背中を押された。やっと、敵が向こうから姿を見せた。好機を逃すわけにはいかない。だがそれ以上に、外道を相手に我慢をする必要もない。怒りを、拳に籠めた。


「グゥ。出でよ、石人形(ストーンゴーレム)


 老魔術師は杖を塀に向けながら叫んだ。塀が不規則に歪み、やがて大きな人型を作った。こじんまりとしているが、ヴィルゴで見たゴーレムとよく似ている。が、あれと比較すればため息が出る程に弱い。拳を振り抜けば粉々になり、ピクリとも動かなくなった。


「ばッ、一撃だと!?クソッ、ならばァ。天より降臨せし世を閉ざす神よ、贄を喰らい敵を蹂躙せよ!!」


 老魔術師が叫んだ。杖が空を踊り、魔法陣が描き出され、燃え盛る家屋から炎が集まり、魔法陣を飲み込みながら巨大な蛇を形成した。生き物の様に蠢く蛇が、瞬く間に俺を渦巻き状に取り囲んだ。


「そのまま燃え尽き……尽き……」


 言い終わる前に殴り飛ばした。蛇は一瞬で消滅した。


「バ、馬鹿なッ、ワシの最上級魔術をただの拳で!?」


 遠くから声が聞こえた。どうやら俺が死ぬ様子を眺めるか、さもなくば逃げるつもりだったらしい。はるか遠くの空に老魔術師が浮かんでいるのが見えた。呆然としている。が、僅かの間。足元を照らす魔法陣がボウッと淡い輝きを発し始めた。


「伊佐凪竜一。確かにヤツの言う通り予想以上かッ」


「ヤレヤレ、流石一流の魔術師殿。逃げ足()()は流石だ」


「戦略的な撤退だよ。大地を穢す下等生物が」


 アゾゼオが挑発した。大仰に撤退と言ってはいるが、心中が表情に駄々洩れている。苦悶に引きつった顔がアゾゼオを見た。直後――


「アンタはァー!!」


 背後から強襲された。俺の存在とアゾゼオの挑発にパールの存在を頭の中から完全に消していた老魔術師が気付いた頃にはもう遅く、彼女は既に自分の両親――を真似て作られた泥人形を粉々に砕いており、更に出鱈目な速度で老魔術師の背後に回り込んでいた。そうか、流石に本物の死体は使わないかと少しだけ安堵した。


「ハベベルギヤッ!!」


 気付いて振り向こうとする間もなく、後頭部に思い切り回し蹴りを喰らった老魔術師はそのまま思い切り吹き飛ばされ、顔面から地面に激突、更に勢いのまま暫くズルズルと滑りながら庭の端に植えられた木に頭を打ち付け漸く止まった。うわぁ、痛そう。

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