迫(せまる) 其の3
――翌日
先行するパールの足取りは何時もと同じに見えたが、両親の死から立ち直るには余りにも時間が短い。
「大丈夫か?」
「えぇ、大丈夫」
堪らず問いかけたが、返答に反して声のトーンが露骨に低い。明らかな強がりが隠せていない。
「お嬢さん。時には誰かに寄りかかっても良いのだぞ?人は誰しも一人では生きていけない。頼る事は弱さではない、助け助けられ人の世界は発展してきたのだからね」
そういう言い回しは思いつかなかったな、と隣を歩くアゾゼオを見上げた。彼の言葉は彼のこれまでの生きざまと年齢が加わっているからか、とても強い説得力を感じた。同じように彼女を心配していても、たいした経験のない俺ではああも気の利いた言葉は出てこない。
「ありがとう」
「気にしなくて良い。コチラとしても寧ろ感謝しているよ。こうして新しい働き口が見つかったのでね」
「現金ね」
振り向いたパールが少しだけ微笑んだ。ジルコンと俺、アメジストとルチルの推薦により彼も今回の調査に加わることになったのは昨日の話だった。早速、エンジェラへと相談すると彼女は二つ返事で了承した。確かに彼は独立種、人類統一連合に滅ぼされる側とは言っても相変わらず決断が早いよあの人。
「さて、そろそろ目的を教えてもらいたいのだがね?」
笑顔を好機と見たアゾゼオが切り出した。今、俺達は彼女の実家に向かっている。昨日の今日で何故こんな場所に居るかと言えば、「家に戻りたいからついてきて欲しい」という彼女の提案が原因だった。
誰も彼もが反対した。傷口を抉るような場所に戻る意味も無いし、敵が残っている可能性も無きにしも非ず。彼女の叔母と一緒に安全な場所に送り届けるジルコンに同行すべきだと提案したが、彼女は頑として曲げなかった。
「うん。実はね……」
理由を語らぬまま、俺達を伴い実家へと戻ったパールは、着くなり彼方此方をゴソゴソと探し回り出した。
「あ、いた!!見つけたよー」
俺とアゾゼオは
何をするのか皆目見当がつかない俺達に向け、パールが声を上げた。台所の奥で何を見つけたんだ、と二人して得意満面なパールを眺めていると、やがて彼女の周囲を何かが舞い始めた。
「人工妖精か」
「はい。実は、こっそり仕掛けてたんです」
「そうか、君はリブラの武術学園在籍だったな。上位ランクには確かクエスト進捗報告兼救助用に学園長から人工妖精が支給される場合もあると聞いていたが、もしや?」
「理事長におねだりしたヤツです。で、喧嘩の後こっそり仕掛けちゃいました」
両親の死への折り合いがまだつかない彼女は、俺達に向けて何時もの屈託ない笑顔を見せた。強いな、と思った。強さと言うのは身体だけじゃなくて心の在り方も含めるんだろうな、と今の彼女を見て思う。
だから――俺そんなの貰ってないんですけど、ってのは言わないでおこう。
「殆ど賭けだったんだけど、どうかな。人工妖精、昨日記録した会話を聞かせて?」
手に収まるほどに小さい人工妖精は、持ち主であるパールの言葉に反応すると暫らくムームー唸ったかと思えば「サイセイシマース」と、小さく呟いた。
「残念だったな。小娘の浅はかな小細工などとうにお見通しだ」
が、聞こえてきたのは明らかに両親とは違うしゃがれた老人の声。
「コイツは……イカンッ!!」
はじける様に叫ぶアゾゼオ。同時に俺を見る目にあぁ、と納得した。罠とすれば、次にするのは証拠隠滅。俺は急いでパールを担ぎ上げ、力任せに壁を蹴り飛ばし、外に向けて飛び込んだ。直後……途轍もなく大きな爆発音と衝撃が背中から身体を突き抜けていった。
弾き飛ばされた俺は彼女を必死で抱えたままゴロゴロと転がり、石と泥を固めて作った塀に身体を強く打ち付けた。身体が酷く痛いが、取りあえず何とか助かったみたいだ。
「ちょ、ちょっと。ま、まさか第一夫人コースなの!?」
君さァ、なんでそんな余裕なの?と、今は突っ込みたい衝動をグッと耐えた。減らず口叩けるならダメージは受けていないようだ。良かった、そう力なく呟くとソレまで強張っていたパールの顔がクシャッと崩れた。やっぱり強がりか。
「ほう。聞いていた通りか、いやそれ以上に優秀なようだな」
その顔が再び強張った。声の先、爆炎が上がる家の反対側の塀の端に取り付けられた扉の先から現れたのは見た事のない老人。年の頃は70かもっと上、やたらと豪奢なローブと帽子を身に纏っている。
「アンタ、魔術学舎の……」
「脳筋共の中にも少しは物覚えの良い輩がいるようで。が、悲しいな。その為にここで死ぬことになるとは」
挑発的な物言いにパールが動く。俺の腕からスルリと抜け出し、学長の前に立ちはだかった。顔は怒りに燃え、半ば正気を失っている様にさえ見える。
「アンタがパパとママを殺したのね!!」
「フッ、ハハハハハッ」
睨みつけるパールの言葉を謎魔術師は嘲笑う。当然パールは怒り心頭。だが――
「コレはコレは……そうか、ファウスト家のお嬢さんか。君は本当に何も知らないのだね」
「何がよッ!!」
「宜しい。死ぬ前に教えて差し上げよう。金だよッ。君の両親もワシと同じ穴の狢、つまり人類統一連合の協力者なのだよ。ついでに君以外の名家も金額の多寡はあれど協力している」
老魔術師の暴露に、怒りで紅潮したパールの顔が一気に青ざめた。まさか、自分の両親が最悪の敵に協力していた、などとは考えていなかったようだ。「協力させられていた」と、「自ら望んで協力した」の違いは当たり前だが大きすぎる。
「え?」
「女だてらに自ら道を切り開こうという強さだけは敬意を表したいが、しかしその為に家を長く空けたのは不味かったねぇ。両親の心境の変化に全く気付かなかったのだから。さて、では昨日の無能共の後始末をさせて貰おうかの。なぁに、少し痛いだけ。直ぐに両親の後を追わせてあげよう」
真実に呆けるパールに殺意滾る老魔術師は容赦しない。右手をかざす。空中に魔法陣が描き出された。陣は直ぐに収束、光球に変化するとゆっくりフワフワと、まるで避けてくださいと言わんばかりの速度で空中を進み、睨み合う両者の中間地点辺りまで進むと突然破裂、無数の光線を生み出した。
「くッ!!」
流石に武術学園のナンバー2だけあり、彼女の反射神経も回避速度も尋常じゃない。が、相手はそんな事も織り込み済み。
「あぁ……パール」
「お願い、助けて」
不快になるほどに汚い手を使う。効果的だが非情なやり口を見て、我が事の様に頭に血が上った。あの老魔術師はパールの隙を作る為、魔術で両親の亡骸を操っていた。外道が。
「貴様にも死んでもらうぞ。我が弟子、フォシルの仇だ。ラルビカイトッ」
老魔術師が俺を見た。はっきりと感じる位の殺意が籠もっている。フォシル――カスター大陸の都市ヴィルゴで俺を襲ったヤツだ。なるほど、彼女は魔術学舎の学長の弟子だったのか。なるほど道理で、とあの強さと殺意の理由に納得した。




