迫(せまる) 其の1
――リブラ帝国上位区画内 要人宿泊施設内
「こっちは空振りさ」
昨日の調査を一言で片づけたルチルが口をすぼめた。留置場以後も色々と調査して回ったが、有益な情報が何ひとつ出なかったのだから無理もない。
「コッチはそうでもないけど、その代わりに散々だったわッ」
対照的にパール達には成果があったようだ。ただ、開口一番に不満を吐き出す辺り大変な目にあったらしい。
「えぇ。そりゃあもう。何せ正体不明の敵に襲撃されたんですから」
怒り心頭のパールに代わり、グランディが説明を引き継いだ。
「俺達の方も上位区画に向かった学長の後を付けていたらパールの家に辿り着いた位ですけど」
ブルー達にも大きな成果はなかったらしい。となれば、と視線が上位区画へ向かった3人に向かう。
「そうそう。で、家に戻ってパパとママを問い質したワケよ。でも『何でいう事を聞かない!!』とか『親心が分からないのか!!』とか『危険な目に合わないで済むのに!!』って、とにかく怒るばっかで話が通じなくてさぁ。で、そのまま口論になってェ……」
横入りで再び説明を始めたパール。が、直ぐに機嫌が悪化した。火を噴き始める両親への不満に悪びれることなく、話の腰を折り続ける。こりゃあ暫くは駄目だな。
「ま、まぁそう言う訳で、手分けして情報収集しました。俺の方は空振りだったんですけど」
「俺の方でちょっとだけ。リブラにも伝手があったんで当たってみたんですよ。そしたら妙な話を聞けましてね。実は、ここ数カ月の間にソコソコの数の縁談が決まったようでして」
「別に不思議じゃないだろ?」
ただの偶然では?そんな空気をルチルが後押しした。俺達も同じ気持ちで、だから質問代わりにグランディを見つめた。
「あぁと、貴族って横の繋がりが何より大事でして。だから結婚式みたいなめでたい場に出席しないって不義理を働き辛いんです」
「そうそう。だから基本的に時期が重ならないよう慎重に調整してるのよ」
そう言う事か。俺達にはよく分からないしがらみがあるんだな、と貴族出身のグランディとパールの説明に残る全員が納得した。
「リブラの一部貴族は具体性はないけど何かキナ臭い気配を感じている。だから結婚を利用して、せめて子供だけでもを逃がそうとしている……と言ったところでしょうか?」
先の情報を元にブルーが貴族の行動理由を纏めた。予測でしかないが、なるほど確かに筋は通っている、と全員して膝を打った。
「確たる証拠はありませんが、現状でこれ以外の可能性はないと思います。そして、魔術学舎の学長も何らかの形で関与しているようです。上級魔術を使って上位区画に侵入してましたからね、あの人」
「そのご老人も貴族なのでは?だったら別に上位区画に向かってもおかしくないですよね?」
「そーかもですねぇ。でも、ならどうしてコソコソと上位区画に行ったんでしょうね?」
「違うと思うよ。そんな人が学長になれば絶対私の耳に入るもん」
「同じく。大小関係なく話のネタになるからねぇ」
「色々と苦労した、なんて昔話を自慢げに話してたのを小耳に挟んだ記憶があります。多分、叩き上げかと」
オブシディアンの疑問に、アメジストが別の疑問を重ねた。疑問が一つ解決したかと思えば、また別の疑問が湧き出して辟易しかけたが、意外と早くに氷解した。どうやら学長は貴族ではないと考えてよさそうだ。横の繋がり云々にも信ぴょう性が増したが、一方で肝心な疑問は解決していない。
「で、まぁ襲撃に続く訳です」
「どうやら後を付けていたのがバレていたようでして、面目ない」
もう引き返せないとは言え、だからと言って無理をすべきじゃない。寧ろ命があって良かったと、素直にそう思う。
「えへへ。心配されちゃった」
いや違う。お前じゃない。いや、ちゃんと隠れた?俺がいないから色ボケ絡みの失敗はしないと思いたいが。
「で、具体的に何があったんだ?」
「へふへーふふんへはりゃひへー」
(説明するんで離してー)
「お前はちょっと黙ってろ」
が、仮にもエルフの代表であり魔術界隈の頂点であるアメジストのだらしなく緩んだ頬を抓るルチルという構図を見たブルーは驚き固まった。俺の視界の外で何やったんですかね。
「じゃあ私が」
と、三度パールが横から口を挟んだ。冷静になったのか、紅潮した顔から熱が引いている。
「その後もアチコチ聞きまわって、帰る前に『もう戻るつもりない』って啖呵切りにいったら……使用人含めて誰もいなくなってて。で、庭先に不審な人影を見つけて」
「鉢合わせたんだ?」
「はい。俺達も予想外でして。で、学長も見つけられず、貴族の家が丸ごと行方不明。流石に危険すぎるから一旦引き上げようって話になりました。アメジスト総裁だけなら問題ないでしょうが、魔術界まで関わってるなら僕達は足手纏いにしかならいって。その矢先にドカン、と」
「まさか上位区画内で仕掛けてくるとは思いませんでしたよ。何せ近くにはリブラ城もあります。そんな場所で暴れるなんて正気の沙汰とは思えない。しかも異様な程に強い手練れをわんさか連れてきているようで、その様子から明らかに俺達が邪魔だという気配を感じました」
当時を思い返したブルーの目にはどことなく恐怖の色が浮かんでいた。それ程の衝撃を受けたのだろう。良く生きてたな。
「まぁ、総裁のお陰が大きいです。実際、私達じゃあ全く歯が立ちませんでしたから」
彼女達も決して弱い訳じゃない。なのに、容易く押し込む様な連中を簡単に用意してきたというのも驚きだ。
「えへへ。褒め……」
せっかく触れないでいたのに。アメジスト、落ち着け。
「でも、流石の総裁も私達と言うお荷物を抱えながらでは限界がありまして、少しずつ押され始めたところに助っ人が現れました」
「助っ人?」
「ジルコン殿とアゾゼオ殿です。この事態に真っ先に駆け付けて頂いたお二方と総裁により難なく事態は鎮圧。俺達はジルコン殿の計らいで事情聴取からすんなり解放されるとそのまま下位区画で大人しくしてました。結果として、何か怪しいとは分かったんですが」
何か怪しいが、相変わらず具体性がない――と言いかけたブルーの口が固まった。同時にノック音がした。誰かが扉の向こうにいる。やがて、扉がゆっくりと開いた。




