リブラ居住区域 ~ 決闘決着 三男 ジェット
――助けてくれる?
――何を?何時?
――もし、私が困っていたら
――可能な限り善処します
――曖昧な言葉は嫌われるわよ?
――わかったよ。必ず助け……
「お前に、何がッ!!」
「な……ぐぉおお!!」
酷い不快感に思考が鈍る。頭が削り取られるように痛い。だから無我夢中だったが、それでも放った一撃は傭兵を捉えていたみたいだ。拳を伝う鈍い衝撃に意識を取り戻すと、何時の間にか人に戻った傭兵の姿が見えた。ひしゃげた橋の欄干に身体を横たえ、動く様子はない。周囲を見回した。全員が、一様に俺を見つめていた。
表情は様々。オブシディアンとグランディは驚き半分喜び半分、パールとアメジストは純粋に喜んでいて、残り全員は純粋に驚いているように見えた。
「大丈夫か?」
直ぐ近くから声がした。フワッと、嗅ぎなれた良い匂い自然と視線が向く。ルチルがいた。彼女の表情は他全員とは違い酷く暗い。どうやら相当に心配させたようだ。多分、大丈夫だと伝えたが――
「嘘つくな」
信用に値しないとばかりに左腕をグッと握り締めた。
「痛い」
「ホレ見ろ。人狼の全力を片手で受けようなんてのが先ず無茶なんだよ」
ルチルが左腕にそっと触れた。ほのかに光る掌が触れる部分がムズムズしたかと思うと、徐々に鈍い痛みが腕を這い回り始めた。
「いててッ」
「感覚麻痺してたんだな」
「俺、何したんだ?」
「無我夢中で覚えてないのか?アゾゼオの攻撃を左手一本で止めると同時に殴り返したんだぞ?」
「アゾ?誰だっけ?」
「あの傭兵。アゾゼオ=ナインフォート。この大陸の少数派独立種の実質トップ、大陸でも指折りの強者だぞ」
あぁ、と痛み交じりのため息が漏れた。道理で強い訳だ。何も知らないで戦うなんて大口叩いたけど、知ってたら尻込みしたかも知れない。
「グゥ……油断、したか」
呻き声。反射的に視線が動いた。意識を取り戻し、立ち上がろうとするアゾゼオが映る。
「オイッ、偉そうな口を叩いておいてなんだそのザマは!!」
が、直ぐに消えた。アゾゼオの前に駆け寄った小太りの男が雇用主の立場を振りかざし激しく叱責を始めた。
戦える状況じゃないのは一目で分かるだろうに、アイツは本当に自分の事しか考えていない。パールが結婚を嫌がり、グランディが応援する理由がよく分かる醜い一面だ。いや、全面かな。
「言い訳などしますまい」
「いいから、さっさと立てよ!!」
絶叫に近い指示を愚直に実行、立ち上がろうとするアゾゼオ。が、立ち上がれない。ホッと胸を撫でおろした。殆ど無意識で実感がないけど、どうやら俺の攻撃は相当効いているようだ。しかし、小太りは全く構う様子がない。コイツ、ホントに腹立つな。
「オイ。いいかげっておわわわわッ」
ちょっと、膝を攻撃してやった。ほんの少しだけ、後ろから膝をチョンと足で小突くと男は面白い様に崩れ落ちた。
「き、貴様ッ。この僕を誰だと思っているんだ!!」
と、言われて――そういや名前、知らないなと気付いた。まぁ、知りたいとも思わないけど。寧ろ金輪際関わりたくない。
「平民が!!僕はお前程度が雑に扱って良いような……」
「待ていッ。ソコで何を暴れている!!」
小太りの男が寝転がったままジタバタモゴモゴと文句を言っていると、なんか既視感のある台詞が聞こえた。
ただ、今度は男の声だ。流石にそう何度もエンジェラとは会わないよね。と、流れに任せていると人波をかき分け2人の男が姿を見せた。市民はその片方に憧憬の視線と声を送る。が、誰?俺には誰が誰だかさっぱり分からない。
「「「ゲ!!」」」
「あらぁ」
「おやまぁ。流石、こういう事態には良く首を突っ込んでくるねぇ」
トリオとアメジストにルチルはその人物に心当たりがあるようだ。と、いう事は――
「オイ、貴様。早く僕を助けないか!!」
俺達の前にやって来た2人に対し、小太りの男は相変わらず無礼な物言いに終始する。当然、誰も反応しない。いや、文句の前にとりあえず立ちなよ。
「プレナイト。先ずは状況確認」
明らかに年下の青年が年上のオジサンに指示を出した。
「ハイよ。しっかしクエストから戻ってからコッチ、休憩どころか怪我の治療もしてないんですよ俺ぁ。ってハイハイ睨まないでくださいよ」
オジサンは不満に合わせて包帯でぐるぐる巻きの左腕をブラブラさせたが、青年に睨まれると思いの他素直に状況確認を始めた。で、一方の青年はと言うと――
「師匠、大丈夫ですか!?」
脇目も振らずアゾゼオの元に駆け寄った。知り合いなのか?
「ハハ、歳は取りたくないな。弟子に無様を晒してしまった」
「師匠、そんなこと言わないでください。こんな派手にやられるなんて、どうせ汚い真似をされたに決まっています!!」
しかしこの青年、どうも思い込みが激しい。何やら俺が汚い真似をしたと勘違いしているよ。コレ、ちょっと不味いね。というか、誰だい君は?
「オイゴルァ!!ドイツもコイツも僕を無視するなァ!!」
情けない怒号が緊迫した空気を引き裂いた。もうお前そのまま転がりながら帰れよホントに。
「アナタは……確かピスケスのフェルスパス=エイシス殿では?」
「そうだよ。僕はピスケスの大貴族だぞ!!」
誰も気に掛けちゃあいないけどな。後、いい加減に立ちなさいって。転がしたのは悪かったけど、立ち上がらんで文句言ってるのはお前の性根が原因だぞ。
「コレは失礼」
見た目そのままの好青年はアゾゼオから離れ、未だ地面でジタバタ醜態をさらす小太りの男に手を差し伸べた。青年の手を受け取り立ち上がったフェルスパスは服の泥を払いながらブツブツと何か呟いている。
「全く。ドイツもコイツも貴族たる僕に敬意すら払わないと来た。どうなってるんだココは!!」
「至らぬ点があれば謝罪します。しかし、貴族とは道のど真ん中で寝そべりながら喚くものではない筈。民の規範となるよう、ご自身の言動を見直しては如何でしょう?」
小太りの言動に青年は真正面から正論をぶつけた。ですよね。トリオも、アメジストとルチルも、何ならジルコンにアゾゼオ、周囲で様子を窺っていた市民達も全員が一様に頷いた。俺も頷いた。何だろう、またしても皆の心が1つになった感じがする。風が吹いてる、凄い一体感を感じる。
「何だとッ。貴様、一体誰だ!!この僕に向かってェ!!」
しかし正論とは時に人を傷つけるもので、小太りは烈火の如く怒りだした。
「ジェット=リブラ。まだ政治を知らぬ若輩者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。フェルスパス殿」
「フアアアアアァ……」
が、素性を知った小太りは泡を吹いて気絶した。暫くと言わず二度と起きなくていいぞ、お前。それはともかく、やはり予想通りだった。彼がアンダルサイト、スピネルに続くリブラ3兄弟の最期の1人。
「お前か。師匠に汚い手を使った悪漢は!!」
立ち上がり、俺を睨みつけるジェットは開口一番に悪漢と非難、拳を強く握り込んだ。いきなり臨戦態勢とるあたり、コイツ第一印象通り話が通じないなぁ。
「オイ待てジェット。彼はそんな事をしていない」
「しかし、ならば師匠をここまで打ち負かす人間がいるという話になります。そんな輩、世界中のどこを探せばいるというんです!?」
「だが真実だ。誓ってもいい」
「ジルコン殿まで……」
「アタシも見てたけど、ちゃんと正々堂々戦ってたよ」
「ルチル殿まで!!むぅ、しかし俄かに信じ難い……」
アゾゼオの言葉を聞いても信じないと渋るジェットにジルコンとルチルまでもが説得に回ったが、よほど強情なのか、それでも俺の潔白を信じない。ホントに強情やね、君。
「あー。ジェット君ジェット君?ひょっとしたらアレだよ、入学と同時に君と同じランク1位になった正体不明のルーキーが彼なんじゃない?その証拠に同点2位の仲良しトリオと一緒だし」
背後からオジサンがジェットにそっと口添えした。途端に彼の表情が変わった。驚き、目を丸める彼の顔から怒りが霧散していく。
「あぁ。ああぁああ、君が兄様と姉様が認めたという?なら、実力に偽りは無い……と」
良かった。どうやら認めて貰えたみたいだ。と、するならばアンダルサイトと殴り合ったりクエストに出向いた意味もあったんだな。
「失礼をお許しいただきたい」
ジェットは俺に駆け寄り、片膝をつき謝罪した。お姉さんと同じ凄い意見の変わりっぷりだけど、それは間違いを素直に認められるという事。俺の前で未だに気絶している馬鹿アホ間抜け貴族とは違って、正しく好青年そのものだ。ちょっと暴走しがちな点が玉にキズだけど。
「アナタが姉上様の婚約者とはつゆ知らず。が……しかし、一体何をどうしてこんな目立つ場所で暴れていたんです?」
それは、と口ごもった。彼の言葉に思い出したけど、俺そういやエンジェラと婚約という体裁でした。ヤベェ。一難去ってまた一難。
「ごめんなさいッ。私のせいです!!
素直に謝って一発殴られとくかと覚悟を決めた矢先、元凶のパールが自分のせいだと素直に申し出た。
「君は、パール=ファウスト嬢?ファウスト家のご令嬢にピスケスの大貴族の息子……あぁ、だからこんな状況に」
「そういう事だ。後なぁ、前々から言っているのだが少しは人の話をゆっくり聞いた方が良いぞ?」
アゾゼオの指摘にジェットは更にしおらしくなった。少し前の勢い態度はどこへやら、まるで子犬の様に大人しくなった。
「すみません。兄上から叱られるのですがどうにもこればかりは性分でして……つまり、パール殿はフェルスパス殿との結婚が嫌で、伊佐凪竜一殿が勝てば婚約を無効にするという約束をしたわけですか?」
「ハイ」
「無茶しますね。多分、ご両親は相当ご立腹だと思いますよ。何せ勝手に破談にしたんですから。良いんですか?」
事情を把握したジェットが心底から呆れた。言われてみれば確かにそうだ。軽はずみで決めちゃったけど、コレ結構な問題だよね。パール本人からすれば万々歳な結末だけど、縁談を決めた両親側にしてみれば努力と面子を潰された訳で。
「まぁ、伊佐凪竜一殿が第二夫人としてパール殿を娶る覚悟がおありならば特に問題は無いでしょうけど」
ハ?と、身体が一気に硬直した。君は、何を言ってるんだい?
「「なッ!!」」
アメジストとルチル、仲良く驚く。
「「ワハハハッ!!」」
ソコのオッサン達、他人事だと思って笑うな。つーかアゾゼオさん、もう立ち上がってるけど俺のダメージどうした?
「「式には呼んでください」」
「クェッ!!」
グランディにブルー、なんで君達仲良くサムズアップしてんの?おまけにブルーの頭に乗るコカトライズの雛も意味不明に喜んでるし。
「何が何だか……もう滅茶苦茶だよ」
オブシディアン君。一番そう言いたいのは俺だよオレオレ。
「まぁ。あの平凡そうな男がエンジェラ様だけじゃなくてファウスト家のご令嬢も娶るそうですって?」
「嫌だわ。ケダモノじゃない?夜もケダモノなの?そうなの?そうなのね?」
市民の皆様は他人事だと思って好き勝手言いなさる。
「大丈夫よ。伊佐凪竜一。私は幸せになる自信があるわ」
パールちゃん。違う、そうじゃない。問題はソコ違うから、そう言う問題じゃないよね?後、俺は?俺の幸せドコさ?




