リブラ居住区域 ~ 決闘 其の2
――テミス広場
ユースティア橋の下位区画側は鉄門と鉄騎兵が構える上位区画側よりも非常に大きく開けた空間になっていて、朝昼夜時になると様々な店が軒を連ねる。テミス広場と名付けられた場所は上位下位の区別なく市民が一番よく訪れる場所で、だから人通りも多い。
昼時は店が立ち並び、そうでない時間は子供達が良く遊ぶ場所として利用されている。だから、非常に目立つんですよね。決闘にしたってなんでこんな場所選ぶんですかね?瞬く間に人だかりができちゃったんですけど。
「さて、覚悟は良いかね?」
周囲の雑音など全く気にも留めない男はスーツの上着を脱いだ。最初に見た時通り、見た目だけならばその辺の一般人と何ら変わらないごく普通のに身体をしている。少なくとも隣に立つ超大柄なジルコンみたいな分かりやすい見た目はしていなかった。
が、シャツの上からうっすらと分かる程度の筋肉しか見えない細身の身体の奥には途轍もない生命力が漲っている様に感じた。何より、睨みつけられるだけで意識が遠のきそうな殺気を叩きつけられる。傭兵と言っていたから、相当数の場数を踏んでいるんだろう。何もかもが俺よりも上だと、本能的に直感した。
実際、オブシディアン達は軽く委縮しているようで、早々に俺の背後からジルコンの隣へと移動してしまった。ソコ、小太りの男も一緒にいるけど良いの?
「ルールは先にギブアップした方の負け。では青年……行くぞ!!」
そう言うや傭兵が視界から消えた。早い、と驚く間もなかった。空気を伝い、突き刺すような殺気が正面に迫る。咄嗟にガードした。両腕はあっさりと弾き飛ばされ、視界が揺らいだ。僅か間を置いて、吹き飛ばされたと頭が認識した。
「グっ!!」
背中の衝撃に肺の空気が全部押し出され、口からみっともない声と共に吐き出される。
「呆けている場合か!!」
声にハ、と意識を向ける。
ドスン
大きな振動に身体を貫かれた。揺らぐ視界に傭兵が映る。蹴りがみぞおちに直撃した。今度は胃の中身を全部ブチまけそうになる。飯前で良かった。
「ジルコンが期待した逸材はこの程度か?」
「ちょ、ちょっと不味いって!!」
「如何に伊佐凪竜一が強くても、やっぱり最強の傭兵と名高いアゾゼオ相手では分が悪いですよ!!」
どうやら俺の相手は相当以上に強いらしい。流石に、ちょっと不味いな。
「よぉーしいいぞぉ。そのままぶっ飛ばせェ」
小太りの男は俺の事などお構いなしだ。まあ仕方ないけど。だが言われっぱなしでは腹も立つ。
「流石にこの程度では沈まんか?だがその程度では何も守れんぞッ!!」
傭兵は止めとばかりに思い切り足を振り上げた。踵落とし――と、気づいた瞬間にドカンッ、と大きな音が直ぐ傍から聞こえた。
間一髪、反射的に身体が動いた。助かったが、ほんの少し前まで俺がへたり込んでいた場所にあった石畳が粉々に砕け散っていた。ゾッとした。あの細身の何処にそんな力があるんだ?
「逃げてばかりでは勝てんぞッ!!」
驚く間も考える暇もない。傭兵の攻撃は間断なく続く。地面に当たれば大きな音と振動、景観目的の木に当たれば嫌な音を出しながら激しく揺れ動く。
確かに逃げてばかりじゃ勝てないが、態勢を整える暇すらない。周囲からの歓声、仲間の声援、小太りの厭味ったらしい声、いくつもの雑音に混じりドカンッ、ドカンッと地面を揺らす音と衝撃が何度も響く。
「どうした?その程度かッ!!」
強烈な踵落としと拳を交わす度に地面が抉れる音と衝撃が身体を通り過ぎた。辛うじて避け切れているが、このままじゃ遠からず負ける。
「考えるなッ。感覚を、本能を、直感を研ぎ澄ませ!!コレが実戦ならばとうに殺されているぞッ!!」
考えるな、考えるな、考え……ええい、もうヤケクソだ。
「ゴフッ」
「おおッ!!」
「漸く一撃!!」
酷く無様だけど、確かに言葉通り考えないで我武者羅に放った頭突きがクリーンヒットした。
顎を揺らされた男は不意打ちに近い一撃を受けヨロヨロと2.3歩後退した。が、この程度の不意打ちなんか何の意味も無い。事実、彼は顎を軽くなでると次の瞬間にはもう態勢を立て直していた。周囲からどっちに向けているのか分からない歓声が上がった。
「だけど、立て直すのが早いッ。あれじゃあ!!」
「ちょっとぉ、頑張ってよ!!私、アンなのと結婚は絶対嫌よ!!」
「アンなのって、お前ぇぇ!!」
外野がうるさいなぁ。
「良い一撃だったぞ。動きを見れば相当に長く何処かで訓練を受けたと分かる。だから無意識のうちに型通りに動こうとするが、それだけでは実戦を潜り抜けることは出来ん」
それに引き換え、コッチはまるで授業みたいだ。この人、本当に戦うのが目的だったのか?
「オイいい加減にしろッ。僕の人生が掛かってるんだぞ!!」
「ハハ、まぁそう言う訳だから後は実戦で掴んで見せろ。では……本気で行くぞ!!」
今まで本気じゃなかった?と驚いたが、直ぐに別の感情に塗り替えられた。
傭兵の姿が変わり始めた。細身の身体がドンドン太く分厚くなり、腕もシャツの上からでも隆起しているのが分かるほど太くなり、露出している肌がドンドンと黒い毛で覆われ、顔の形が変わり、最終的には人と狼の中間のような姿に変わった。印象的には映画で見た狼人間が近い。
周囲からどよめきと共に怯えや拒否感に似た声が上がり始める。こいつ等は――
「人狼。見たことはあるかね?」
「いや」
「そうか、ならば気を付けたまえ。こうなってしまうと興奮状態になってしまってね、言動がいささか粗暴になってしまうのだよッ!!」
優し気な説明が頬を撫でた。直後、形容しがたい強い衝撃。続いて浮遊感に襲われた。思い切り殴られ、吹き飛んだらしい。背中から悲鳴が折り重なって聞こえる。
「どうした!!」
「どうもこうも!!」
瞬時に態勢を立て直し、飛び掛かった。ヤケクソは好きじゃないけど、型とかセオリーとかそんなことを考える余裕をくれる相手じゃない。行動しながら、直感で次の攻撃を捌く。ほんの少しだけ、少しだけだけどオブシディアン達と一緒に行動した経験が役に立った様な気がする。
「ほう。呑み込みは良い様だな」
相変わらずレクチャーは続くみたいだ。これ、手加減してるのか?それとも本気か?
「動きが鈍いぞ!!」
が、言葉の合間に挟まる衝撃に体の芯まで揺さぶられる。ドンッ、ドンッという身体の芯まで響く音と振動に貫かれる度にガードする腕が軋む。
「それでは何も守れんぞ!!お前自身も、お前が守りたい者も、その願いも、何一つ叶わない!!」
叶わない。かなわない――カナワナイ――何故だろう?その言葉は俺の中に深く沈み込み、言い知れない感情を思い起こさせた。何か、心と頭がザワザワした。




