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リブラ居住区域 ~ 決闘 其の1

 乱暴に階段を駆け上がる足音と振動が一直線に部屋まで向かう。


「開けろッ。ココに居るのは分かってるんだぞ!!」


 止まったかと思えば、直後に男の怒号。扉を叩く音に混じる、まだ年若い男の声色にパールとグランディが露骨な不快感を露わにした。直後、扉が強引に破られ、数人が部屋へと雪崩れ込んで来た。小太りの男、壮年の男、そして――


「あれ、ジルコン?なんでココに?」


 目を丸くしたルチルの視線の先に、見慣れた顔が混じっていた。


「あらあら、ではその方がお知り合いなんですねぇ?」


「おや、奇遇だね。君達もいたのか。あぁ、そうだよ」


 ジルコンは俺達の顔を見るや警戒を解き、鋭く冷たい表情を一気に崩した。トリオはその様子に膝から崩れ落ちる。俺やルチルはそうでもないが、どうやら彼の威圧を真面に受け止めてしまったらしい。


「ほぅ。つまり、この中に君が肩入れする伊佐凪竜一なる男がいるのか」


「ウム。彼だよ」


 ジルコンは隣に立つ老紳士風の男の問いかけに俺をジッと見つめた。老紳士の視線がゆっくりと、俺へと向かう。


「そんな事よりも、パールッ!!」


 が、俺と視線が重なることはなかった。やり取りを遮る様な叫び声に視線が自然と小太りの男へと向かう。


「どういうつもりだ?婚約を破棄するなんて!!」


「どうもこうも無いでしょ?私は私の生きたいように生きるって言ってる!!」


「女が偉そうにッ!!」


「そうやって見下すな!!」


 男女の口論が始まれば俺達にはなにもできない。唾をまき散らすような勢いの口論から察するに、この男がパールの婚約者らしい。と、いう事はつまり彼が噂のダメ人間か。


「男か?そうなんだな、貴族が娼婦のような真似事を!!」


「ハァ?チッが……う、ん~」


 おやおやぁ。またしても嫌な予感がしますねぇ。パールが小太りの男の追及に言葉を止めると何かを考えだし、何かを良からぬことをひらめいたという笑みと共にジッと俺を見つめた。


 あぁ、見える見える。頭に電球マークが浮かんでいるのが見える。だけどソレは止めろ、巻き込むな、お願いします、背中の視線が痛いんです。


「いるわよッ!!」


 周囲の空気が一変した。オブシディアンとグランディが頭を抱え、ルチルとアメジストの態度が露骨に悪化した。もう勘弁してよ。


「カレが私の恋人よ!!」


 パールはさも当然のように俺の隣に立つと無遠慮に腕を絡めた。目を見ればお願いと、そう懇願している様に見える。いやさぁ、君なんでそんなに行き当たりばったりなの?自分の人生は自分しか責任取れないって言いますし、もう少し考えて発言しよ?


「ほぅ」


 身体が、反射的に強張った。ジルコンの知り合いが値踏みする様に俺を睨んでいる。


「ワハハ。相変わらず女性絡みのトラブルが絶えないなぁ君は」


 対照的にジルコンは俺を見てまた笑ってる。笑っている場合か、っていやもう笑えよ。いっそその方がマシだ。


「若い方が良いのね?そうなのね?」


「ナ~ギくぅん。どういう事か説明しなよ?」


 君達もちょっと黙ってて。今、俺の人生の一大事なんだから。


「何だとッ。誰だお前は、そもそも平民程度が僕達に口出し……」


 当然、小太りの男は怒りに狂う。かと思いきや、ドンドンと語気が小さくなっていった。ボンヤリとした視線を追うと、ルチルとアメジストを見ている。


「そ、そう言う訳ならば仕方が無いッ。だがその代わり後ろのエルフ達を紹介しろ!!いや、彼女達を俺の婚約者とする!!」


 全員の心が一つになった。呆れた。コイツ、どうやら(姿を変えているアメジストはともかく)ルチルを知らないらしい。貴族なのに。


「坊ちゃん。とりあえず今日のところは潔く引くべきですぞ」


 ジルコンと知り合いならルチルを知っていて当然。老紳士風の男は小太りの男の暴挙を言葉で制止した。


「何ッ!!親父から雇われた傭兵風情が意見する気か?」


 まぁ予想してたけど、やっぱりガン無視かコイツ。どうやら言葉程度では止められないらしい。


「勿論、無視しても構いません。しかし、アナタが無下に扱おうとしている赤毛のお嬢様はルチル=クォーツですぞ。皇帝陛下と強力なコネクションを持つ四凶の一角にそのような態度を取っても良いのですか?下手をすれば坊ちゃんどころか御父上にまで良くない影響が出ますぞ?」


「げッ……」


 小太りの男は漸く事態に気づいたようだ。


「な、ならその横のエルフだ!!」


「坊ちゃん!!」


 コイツ諦めねぇな、と呆れ半分で状況を静観していると、再び老紳士風の男が強い口調で小太りの男を制した。殺意や敵意は欠片も滲ませていないが、目と言葉はそれ以上喋るなと強く牽制している。


「な、何だよ?」


「隣のお嬢様がルチル=クォーツのお知り合いでないとどうしてお思いで?彼女に何かあれば当然ルチル=クォーツを介して皇帝陛下のお耳に入るでしょう。その時、坊ちゃんはどのようにご説明なさるおつもりで?皇帝陛下は寛大なお方ではありますが、礼を失する相手に容赦しないのはご存じでしょう?」


「むぐぐ、ならどうすればいいのさ!!」


 小太りの男の懇願染みた情けない、だが一方で至極真っ当な台詞に男は押し黙る。伸び始めた髭をなぞりながら暫し考え込んだ後、鋭い視線が俺を射抜いた。怖い。そう直感した。


「青年。今から君に決闘を申し込む。我々には誉れ高きファウスト家のご息女を奪った馬の骨を討伐するという大義名分がある。まさか、逃げんよな?」


「ドンと来なさいよ!!」


 あのさぁ、なんで君が俺の代わりに回答するんですかね?後君さぁ、俺の人生がどうなろうが全く気に掛けないよね?ねぇ、俺見て?俺の人生のこと、少しで良いから考えよ?ネ?


「パールお嬢様。申し上げづらいのですがアナタには聞いておりません。青年、どうする?断るか、それとも受け入れるか?言っておくが、君がジルコンと懇意にしているからと言って私は加減などせんぞ」


「オイ、ちょっと僕を無視して話を進めるなって。ドイツもコイツも僕を誰だと思ってるんだ!!」


 前半には同感だが、後半は知るか。とにかく、コイツの言い分はともかく俺が負ければただでさえ少ない協力者の1人を失う羽目になる。それに、アメジストやルチルも巻き込まれそうだ。別の意味でこっちも怖いからなぁ。


「分かった」


 俺の言葉に老紳士風の男はニヤリと口の端を歪めた。一方、背後からは恨めしそうな視線と呟き。もうホントごめん、ちょっと黙っててくんねぇかなぁ。


「良し。ジルコン、止めるなよ?」


「止めやしないさ。しかしナギ君、相変わらず面倒ごとに巻き込まれる運命のようだね」


「ホントに勘弁してほしいですよ。だけど、受けた以上は全力尽くします」


「結構」


 俺の返答に老紳士風の男は満足そうな笑みを浮かべた。その一瞬だけを見れば人の好さそうなダンディズム溢れるおじさんなんだけどなぁ。


「何が結構だ!!っておいコラ、全員して僕を無視するなァ!!」


 もはや全員、誰一人としてあの男を気に掛けない。パールは元よりルチルもアメジストでさえも毛嫌いしているかの如くさっさと部屋から出て行ってしまった。


「アイツ、だいたいあんな感じなんすよ。だからピスケス中から嫌われてまして、他の都市まで嫁探しに来てるんすよ」


 俺と一緒に最後まで部屋に残ったグランディがそっと耳打ちしきた。そうか、君ピスケス出身なのか。なら苦労したんだねぇ。


「分かってくれますか?実はウチ、ピスケスじゃそこそこの生まれなんで嫌でも関わらなきゃならなかったンすよ。で、あの性格なんでいっつも嫌な目に……だから絶対に勝ってくださいよ!!」


 そりゃあ痛い程に分かってるけど、もうパールの事情も俺の気持ちも完全に無視してるよね君?私怨だよねソレ?


 それにしても、恐らく雇用する側される側の関係である傭兵かにすら嫌われているあの男は確かにいろんな意味で厄介だ。恐らく俺が勝っても難癖付けてきそうな気配があるし、下手すればアメジストとルチルに延々とつき纏ってきそうな気さえする。本当に頭が痛い。

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