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幕間1 これが この女の本性 其の3

 アイオライトの感情が(たぎ)る。彼は気配の正体に気付いた。いや、寧ろ――瞬間的な怒りが霧散し、諦観と脱力に支配された。座る椅子の背後に植樹された腰の高さほどある草木の中からアメジストの間抜け面がひょっこりと姿を見せた。


「夜を司る女神(ノート)よ、かの者等を夢よりも深き眠りに誘え」


 怒りで我を忘れながらもアイオライト淀みなく行動に移す。即座に詠唱、魔術を広域展開した。次の瞬間、伊佐凪竜一はガクンと、まるで糸が切れた人形の様に眠り込んだ。同じく周囲に居た市民も崩れ落ちると、地面の上で誰もが気持ちよく寝息を立て始めた。


「お前ぇえええええ!!」


 バタバタと人が倒れる公園の中、男は怒号を上げながら上司の元へと一直線で向かい、襟首をつかみ上げ、草むらから引っこ抜いた。


「ひ、酷いわ!?」


「酷くねぇんだよォ!!俺がッ、誰の為に苦労してると思ってんだゴルァ!!」


 アイオライトの表情と言動に僅か前までの穏やかさは全く感じない。原因は言わずもがな、アメジストが。


 恐らく伊佐凪竜一が自分をどう思っているか、嫌っていないか気になる余りこっそりと聞き耳を立てようとしたらしい。が、全く隠せていない。


 彼女程の魔力量があれば、通常空間と断絶する特殊空間を生成、周囲から完全に認識されない状態を作り出す事など容易い。しかし、そこは恋愛レベル一のポンコツ。何を考えたのか彼女は素の状態のままこっそりと近づこうと試みた。当然その姿は周囲から丸見えで、彼女に限れば相当以上の容姿とプロポーションにより余計に目立つ。それはもう目立つ。


「ソレ何のつもりなの?ねぇ?ねぇ?」


「だって、気になったんだもん」


 アメジストは殺気交じりで睨みつけるアイオライトの視線を受けながしつつ、精一杯、許しを請おうと可愛らしく振る舞った。が、火に油を注ぐ行為。

 

「もんじゃねぇよ!!もっと上手く隠れろッ、簡単に出来るだろうが!!」


「でも、近くで彼の顔見ちゃうとどうかなっちゃいそうで……ウッフフフフフッヒヘヘヘェ」


 アイオライトはおおよそ上司に向けるべきではない量の殺気を放つが、アメジストにはそよ風も同然。しかも彼の身上を全く意に介さない彼女は伊佐凪竜一の寝顔にだらしなく顔を歪ませた。


「その前にオレが怒りでどうにかなりそうなんだけどねェ!!あのなァ、あんたのそのゆるふわな性格がバレたらどうするんだ?俺達がしてきた努力を色ボケで無駄にする気かオイ!!」


 上司と部下の関係など最早お構いなし。当然、叱られる。アメジストはまるで子犬の様にシュンと項垂(うなだ)れる。が、その場から動く気配はない。梃子でも彼の好みを聞き出すつもりらしい。反省ゼロ、寧ろするつもりもない。


「ルチル!!ローズ!!」


 アイオライトが何もない空間に向け、ヤケクソ気味に叫んだ。


「アイサー」


 直後、アメジストの横に2人の女が姿を現した。先ず気だるげに返事をしたのはルチル。肩辺りまで伸びた赤い髪を揺らしながら現れた女は、出現するや即座にアメジストの右腕をがっちりと掴んだ。

 

「姿が見えないと思ったらやっぱり……」


 もう一人はローズ。腰まで伸びた黒い髪を揺らめかせながら出現した美人も同じく、出現するやアメジストの左腕をがっちりと掴んだ。

 

「はーい、じゃあ帰りますよぉ」

 

「え?ちょっと駄目よ。せめてもう少しだけ……」

 

「駄目に」

「決まってるでしょ?」

 

 アメジストは懇願するが2人は聞く耳持たず、強引に引っ張られながらアメジストは姿を消した。彼女のダメな本性はアイオライトが夢だと必死で誤魔化したことで誰にも気づかれることはなかったが、その代償に彼の胃に大きな穴が幾つか開いた。


 ※※※


 ――ハイペリオン城内 大会議室


「で、結果は?」


 会議室に強制招集されたアイオライトに詰め寄るのはアメジスト。彼女の関心は伊佐凪竜一が誰を選ぶか、あるいはどういった女性が好みであるか、より正確には自分が好きかどうかという点のみ。


 答えを心待ちにする彼女の態度は容姿とは真逆に子供っぽい。自分に都合の良い返答しか頭に浮かんでいないな、と誰もがぽややんとした上司の心情に頭を抱え、渋い表情を浮かべた。決して上司に向ける表情ではないが、当の本人はそんな事などまるで気に掛けない。


「まぁ、その、なんだ。聞けたには聞けたが」


 一方、詰め寄られたアイオライトも苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。その余りにも辛そうな表情を見た一名以外の全員が察した。あ、これ駄目なヤツだと。少なくとも「嫌い」ではないと察し、誰もが肩を落とした。

 

「ねぇ。ねぇねぇねぇねぇねぇねぇ、どうだった?どうだった?」


「あーそうですね、年下が好きって言ってましたね」


 誰がどう聞いても棒読み。アイオライトはぶっきらぼうで捨て鉢な返答を寄越した。が、アメジスト意外の全員がまたしても察した。嘘ついているな、と。


「ホント?ねぇシトリ……」


「あーホントっすわ。ウソついてないですねこれは。残念無念お疲れサマー」


 呆ける余り、嘘さえ見抜けなくなったアメジストが偽りを見抜く眼鏡を持つシトリンに救いを求めた。が、事前に口裏を合わせた訳ではないのに彼女もアイオライトに追従した。真面に取り合うつもりが無いのは眼鏡を掛けていないところからも明らか。あからさまな嘘だ。

 

 一見すれば完全な虐めだが、しかし単純な力関係だけに限定すればアメジスト単独でこの場の大半を秒殺できるほどの魔力を秘めている。例外はアイオライト、シトリン、ルチル、ローズの4名のみ。だからこそ、この場の大半が普段の恨みを無言という形で返す。 


「ねぇ。ちょっと、皆して酷いわ。どうして……」


 色恋沙汰になるとメンタルが子供レベルに退化するアメジストが、露骨に嘘をつくアイオライトと彼を庇うシトリンを責めない現状に涙を浮かべるが――


「あぁ、なんでこんな簡単なことに気づかなかったのかしら」


 しかし、何かを思いつくと涙を引っこめ、不穏当な台詞を口走った。若干一名以外に緊張が走る。全員の表情を見れば、嫌な予感に頭を抱える、もう勘弁してくださいと懇願するなど顔色は違えどもネガティブな感情で溢れている事だけは一致していた。


「好きじゃないなら好きになって貰えばいいんじゃない?さっすが私、冴えてるわぁ。それじゃあ早速ぅ……」


 全員が何らの文句もかけられない中、メンタルが強いのか弱いのかはっきりしないアメジストの姿が瞬きする間に消失した。彼女の座る豪奢な椅子の足元に残った転移魔法陣の痕跡と楽しそうな笑い声だけがその場に残り――直後、取り残された大半が仲良く膝から崩れ落ちた。


 それから暫く後、当面の住居としてハイペリオン城内の来賓室を充てがわれた伊佐凪竜一の何とも言えない声が城中に響きわたったという。


 合掌。

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