リブラ居住区域 其の1
――リブラ下位区画
空を見上げれば太陽が真上に見える昼時。となれば仕事を一旦切り上げ、昼食を取ろうかという頃合い。だが、そんな時刻を差し引いても流石に世界で最も大きな都市と言うだけあり、人と物の数も質も他とは比較にならない。
「楽しそうすね」
隣で腕を組むルチルにおずおずと声をかけた。
「楽しいよぉ」
彼女は素直で屈託ない返答を返した。
「ソウデスカ」
その一言に俺はそれ以上の何も言えず、ただ黙々とルチルの隣を歩いた。目立つなと言う約束を悉く(全部不可抗力なんだけど)破った俺に選択権は無く、ただただ彼女が上機嫌になるまでひたすら観光と買い物につき合わされた。
「酷い。私という物がありながら……」
後ろからなんか聞こえるけど今は突っ込まない。せっかくご機嫌になったルチルの機嫌が悪くなるからね。だから頼むからどっか行ってくれねぇかなぁ。
「結局どっちなんすかね?」
「四凶にせよ、総裁にせよ、エンジェラ様にせよ、面子が濃いわぁ」
「いやぁ、羨ましい……かなぁ。誰選んでも後が怖い……」
コイツラも好き放題言いやがって。後、尾行するならせめてもっと上手くやれ。堂々とするんじゃない。
「じゃあ次はぁ……」
ルチルも後ろの気配を知っていながら完全に無視している。気楽で良いすね。
「そういやユースティティアの橋が近かったな。次はソコ行くぞ。ン?名前知らなかったっけ?上位と下位を繋ぐ大きな橋だよ?」
「あぁ……何時も通ってるアソコね」
「何だよ元気出せよ?楽しくないのか?」
「タノシイデス。ただ、ちょっと休憩したい」
素直な要求です。朝一で叩き起こされて以降、アチコチずっと付き合わされて流石にちょっと疲れた。
「仕方ない。そろそろ昼時だし、どっちみち橋の前にあるテミス広場で飯食う予定だったから、じゃあソッチ行くか」
はい。有難うございます。感謝の言葉を素直に伝えると、彼女は俺の腕に手をまわしてきた。胸に手が当たり、吐息が掛かるほどに顔が近い。
「楽しいな」
言葉通り、彼女は心底楽しそうだった。正直ただ彼方此方を見て回っているだけだったけど、まぁそれでも楽しんでいるならそれで良いさ。ここ最近怒らせっぱなしだったし、時折妙に考え込むこともあったから尚の事だ。
※※※
――テミス広場
流石に大都市の大広場は熱気も違う。広場へと足を踏み入れれば、ルチルの話から想像した倍以上の人並み。歩く度に誰かとぶつかりそうになり、広場へと一歩踏みしめる度に甘ったるい匂いや香ばしい香りが強くなり、視覚と嗅覚から虜こまれた情報が脳みそへと辿り着くと、今はもう存在しない故郷の景色がほんの一瞬だけ現在の景色に重なって見えた。あぁ、懐かしい。ふとそんな言葉が口を突いた。
「そうか、なら来てよかった。同じ景色が見られるなら……少しは好きになれるだろ?」
適当な店に座り、更に盛られた食事に舌鼓を打つ俺に語りかけた彼女の笑顔は何時も以上に眩しく映った。本心だとそう思えた。だから俺も有難うと、素直な言葉を口にした。戻る世界を無くした挙句に異世界で1人寂しく過ごす俺を陰から日向から気遣ってくれいたのだと今更ながらに痛感したからでもある。
「お、おう」
つっけんどんに返答したルチルは相変わらずだったが、心なしか顔が紅潮している様な気がした。
「「「堕ちたな」」」
「なにがですかぁ。あぁ、羨ましい」
君達さぁ。尾行するならもっと上手くしてって言ったよね?なんで俺達の目の前で飯食ってるのさ。尾行するならせめて体裁取り繕え、目の前で堂々とするなおかわり要求するな支払いをこっちに回すなァ!!
※※※
食事時は何時もこうなのだろうか。いや、彼女だからだろう。広場の中でも見晴らしのいい場所でゆっくりと食事をとる俺達に注がれていた好奇の視線の理由は俺の対面に座るルチル。この都市の大半を占める人間とは違う長い耳に際立った容姿は嫌でも人目を引く。
が、多分ソレだけじゃない。独立種はこの大陸では生きづらいらしいという話を思い出せば、彼女に限らず大勢が好奇の視線に晒され、酷ければ差別迫害も受けたのだろう。皇帝陛下お抱えの彼女でさえ避けられない好奇の視線は、この大陸の独立種の立場を想像するには十分だった。
が、その視線が1つまた1つと消失する。何かトラブルでもあったようだ。何処からともなく聞こえて来た喧騒に耳をそばだてたルチルは、テーブルに並んだ色とりどりの食事へと向かう手を止めると大きなため息を付いた。
「なんだよもう……飯くらいゆっくり食わせろよな」
「なにかあったの?」
「はっきりとは分からないけど、喧嘩みたいだな」
彼女があごで指し示した場所を見れば、確かに人だかりが見えた。が、少しずつ後退していた人だかりはある瞬間から堰を切ったかの如く一斉に、散り散りに逃げだした。蜘蛛の子を散らすように、とはああいう状態を指すんだろう。
「なんか様子がおかしいな」
「って言ってる場合じゃないですよ!?」
「おう、ナギの友達か」
違うのかどうなのかはともかく、俺が席を立とうと思った矢先に現れたのはパール。この子、相変わらず出鱈目に素早いなぁ。視界外にいたかと思えばちょっと意識を逸らした直後にはもう俺達の目の前だよ。
「えーと。友達と言うか、そ、それよりも変な暴漢が暴れまわってるんです。コッチは私達がナントカするんでデートの続き、行ってください」
彼女は珍しく緊張した面持ちと口調でそう指示を出した。デートかね、これ?
「デート……恨めしい」
アメジスト、落ち着け。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
いいのか?何か騒動起きてるなら助けに行った方が――
「ナギくぅん。まーた目立つつもりぃ?」
と思ったけど止めました。ルチルがあからさまに不機嫌になった。だけどですね、いやぁアレ全部不可抗力じゃないですか?俺、一生懸命頑張りましたよ?
「あのー。どっちみちあの程度なら私達で何とかなりますし……ってほらね?」
パールが見つめる先には既に学園名物トリオと化した残りの2人、オブシディアンとグランディがこっちに向けて大きく手を振っている。目立つ目立つ目立つ、目立つから今すぐソレ止めて!!
※※※
「で、コイツがその暴れていたヤツなんですが……」
あっさあり鎮圧され、きつく縄で縛られた状態で地面に寝転がされた暴漢を見つめるグランディの視線は明らかに困惑していた。
「何か問題があるのか?」
「はい、ルチル殿。実は、何言ってるのかサッパリ分からないんです。少なくとも俺は今まで一度も聞いたことがありません」
「多分、ジョブズの何処かから来たんじゃないかって位に聞き覚えが無くて、でも顔や身なりはこの辺りのヤツなんですよね」
「翻訳は通したのか?」
「流石に一学生に翻訳用の魔術は用意してもらえませんよ。でもウチの学園、結構いろんなところから生徒が来る関係で、そこそこに他の言語覚えちゃうんですよね」
「と言うか、寧ろ必須です。明言はされていないですけど、現理事長の方針です」
「なるほど、そりゃあ鉄騎兵が有能になる訳だ」
「「「いやぁ」」」
ルチルに褒められたのが余程嬉しいのか、3人仲良く同じ反応を返した。照れてる場合か、特にオブシディアンとグランディ。
「うぐう、か、帰りたい帰らせて……」
ン?帰りたい?って、なんだ言葉通じるじゃないか。
「どうしたナギ?」
「いや。言葉通じるじゃないって……」
「は?」
「いやいやいや」
「ちょい待ち!!」
相変わらず彼等には言葉が理解できていない様だ。が、言葉が通じると指摘した俺に驚くオブシディアン達を制するようにルチルが叫んだ。
「コイツまさか……おいナギの友達1から3番!!」
「「「はいッ!!」」」
ルチルの号令に全員が直立不動で敬礼した。君達さぁ、俺の時には絶対そんなことしないよね?
「可能な範囲で調べて欲しいことがある。それから全員、この件についてとりあえず黙ってろ。翻訳の件に関してもだ」
指示を出す間もルチルは俺から視線を外さない。多分、彼女にもこの状況が如何に異常だと分かったんだ。コイツ、地球人だ。しかも俺と同じ日本人。でも、そうなると地球が滅んだという話が嘘になる。状況が何もかもチグハグだ。なんでそんな奴がこんな場所で暴れるんだ?
「はい。ソレで調べて欲しい事とは?」
「この都市か周辺の都市でもいい、行方不明になっている奴がいないか調べてくれ。無理ならエンジェラに協力を仰げ。私とナギからの依頼だと伝えれば彼女は動いてくれる」
「は、ハイ」
「じゃあ。アタシは実家に行ってみます。これでもウチ、結構アチコチに顔が利くんで」
「良いのか?」
「こんな状況だもの」
情報を求め、各々は即座に散った。残ったのは俺とルチルとアメジスト、そして目的不明の暴徒。手際よく紐で縛り上げられた彼等はもはや呻き声を上げる以外に何もできず、だからひたすらに呻き声を上げ続ける。くぐもった声で、帰りたいとかココはドコだ?とか、そんな言葉をブツブツと呟き続けている。
その様子に酷い不快感と同時に違和感を覚えた。嫌な予感が少しずつ形を取っていく。




