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武術学園 ~ 魔獣戦

 ――リブラ郊外 大規模農場


 鶏の鳴き声に似た、何とも間抜けで恐ろしく(おぞ)ましい雄たけびが背後から聞こえた。巣の近くに張っていた結界はほぼ完璧と評価されていたが、過剰に神経質なコカトライズは容易く見破ってしまった。


「ちょっと、話が違うじゃない!?」


 戦闘を突っ走るパールがヤケクソ気味に叫んだ。


「良いから走れッ!!」


 その声に集中力を散らされたグランディが文句をつける。


「こんな筈では……」


 オブシディアンはそんな2人を他所に真っ青な顔で先頭を走り抜ける。


「きゃー(≧∇≦)」


 君はホントにさぁと、俺もアメジストを連れて逃げ回る。隠れて様子を窺っていた俺達が目撃したのは、超広大な農耕地帯の端を流れる川の上流をねぐらにしたコカトライズの観察。ブルーの展開した情報遮断用の結界は、その名前の通りあらゆる情報を遮断した。


 結界外から中を視認できないようにする視覚遮断、中の声が外に一切漏れない聴覚遮断、それに気配遮断などを諸々組み合わせた複合結界は、ラベンダー曰くコレを素で展開できる人間は魔術師界隈を探しても片手で数える程度らしい。


 どうやら彼、相当優秀らしい。それなら確かに自信満々な態度も納得がいく。と思っていたのだが――神経過敏なコカトライズに結界を看破されてしまったからさぁ大変。俺達は農耕地帯から遠ざかる様にして逃げ回る羽目になった。


「なのは良いんだけど、なんで君は自分で逃げないのかなぁ!!」


「あぁ、懐かしい。ん~、良い匂い」


 (たま)らずラベンダー(アメジスト)に文句を付けるが、当の本人は俺にしがみついたまま恍惚の表情を浮かべるばかりで全く話にならない。お前、ホントに後で覚えてろよ。


「いやしかし、アンタ凄いね。1人抱えてるのに俺達よりも早いとか……」


「ちょっと、今はそんなことよりとにかく逃げるが先ってさぁ!!」


 ごもっとも。と、尚も俺達は逃げ続けた。コカトライズが何故一定距離から離れないその理由を探る為。そうやって何度も接近しては逃げてを繰り返した結果、ブルーは卵を守っているからだと結論した。なるほど。確かにその仮説なら巣から一定以上離れない理由に十分納得出来る。


 が、この状況は想定外。まさか見つかるとは思わなかった俺達は散り散りに逃げ出しつつ――


「じゃあメガネ君、後よろしくねー!!」


「ハァ!?なんでそんな危険な真似を俺がッ」


「君しかいないでしょ、頼んだよホントに!!」


「ぐ……」


 位置関係上、コカトライズから最も遠く目立たない位置にいたブルーに巣への接近を頼んだ。ホントはアメジストが適任なんだけど、余りに高度な結界を展開すると身バレする恐れがある。結果、悪いとは思いつつも彼にすべてを託した。ホントごめん。


「分かった。その代わり目一杯時間稼げよ。絶対に戻すなよ?何かあったら死ぬまで恨むぞ化けて出るからな!!絶対だぞ約束だぞー!!」


 こうしてブルーは単独で巣への接近を試み、俺達は決死の覚悟でコカトライズを引き付ける事になった訳だ。


「ひょえー」


 が、時間稼ぎを始めた矢先に聞こえたのがコレ。周辺の樹々が悍ましい毒に汚染され、見る影もなく黒ずむ悲惨な光景の合間を縫うように聞こえたのはブルーの情けない叫び声。


「何?何があった!?」


「たたたッたたたたたたッ!!」


「何だよ!?」


 人工妖精(エアリー)に向けグランディが叫ぶが、帰ってくる声はどうにも要領を得ない。俺達は更に二手に分かれた。ラベンダーが低威力の攻撃で視線を誘導しつつ、視界が逸れた隙を縫って俺が猛スピードで巣に踏み込んだら――


「助けてぇ!!」


 割れた卵に怯えるブルーがいた。その胸元辺りには、恐らく刷り込み効果でブルーを親だと認識してしまったコカトライズの雛が擦り寄っていた。


「お、お助けぇ……って、ヹァ!?」


 が、今度は俺の姿を見て硬直した。いや、嫌な気配を感じた。同時に何か大きな影が背後からにゅっと近づく。


「不味いッ!!」


 気づいた頃にはもう遅く。コカトライズが手が付けられない位に暴れまわり始めた。手当たり次第に嘴でつつきまわり、距離を取れば毒を振りまく。無差別な攻撃とは言え全員共に手練れだから回避に専念すれば死にはしないと思っていた。


「バカッ!!」


「オイ。なんで避けないッ!!」


 そう思っていたのに、ブルーが真正面からモロに毒を浴びた。ブルーの行動を非難する叫びがない交ぜに響く。彼だって無能じゃない。回避も出来た筈だし、咄嗟に魔術で壁を作る事も出来た筈なのに。だけどそうしなかった理由は1つ、生まれたばかりの雛を腕に抱え、毒から守った。だから遅れた。


「ラベンダー!!」


「お任せッ!!」


 確認している暇は無い。俺がコカトライズの前に立ちはだかった。意図を察したラベンダーは即座にブルーの元に転移、治療を始める。


「ちょっと、今の転移?」


「後に回せ!!今は何とか治療のじ……かンンン?」


 グランディが的確な指示と共にコカトライズの側面を取った。が、何かに気づくと指示を出す言葉から力が抜け落ち、程なく黙ってしまった。 


「何、何どうしたのコレ?」


「なんで?」


 パールとオブシディアンも驚きながらその光景を見つめるばかりだった。俺も同じく、取りあえず戦いの姿勢を解いた。コカトライズは治療を受けるブルーと、その傍で必死に身体をばたつかせる雛をジッと見つめていた。


 ※※※


「魔術師って事はコカトライズの毒に関する知識持ってるでしょ?」


「はい。でも、多分咄嗟だったんでしょうね?雛を守る為に自分を盾にしたみたいで」


「無茶だなァ。ところで、誰も彼の安否を口に出さない辺り、ブルー君は死んでないと思うんだけど?」


「はい、ラベンダーさんの治療で一命を取り留めました」


 理事長はその言葉に感嘆を漏らした。


「凄いねぇ。アッチもこっちも今回の編入生は優秀極まりない。入学時点で上級魔術使えるのか。まぁエルフの特待生って話だから珍しい訳ではないだろうけど」


「そ、そうですね」


 良かった。まだ正体に気づかれてない。その様子にホッとしたパールは捲し立てるように話の続きを語り始めた。


 ※※※


「ゲホゲホッ。おおお……俺、な、何とか生きてるぅ?」


「あぁ、生きてるぞ」


 ブルーはなんとか一命を取り留めた。が、ラベンダーの話では辛うじてと言う状態で、適切な処置を取らなければ後遺症が残ると説明した。その治療の一環で毒を綺麗に洗い流す必要があるらしいが、肝心のアイテムが手元にない。


 元々急増で用意できる代物ではないが、ダメもとで急いで戻らなければ。一命は取り留めたとは言え、彼がああなったのは半分は俺の我儘。それで後遺症が残っては申し訳が立たない。


「無茶しますねぇ。私が上級魔術使えなかったらどうするつもりだったんですかぁ?」


「ぐ……」


「でもぉ。結果的に丸く収まりましたよぉ。コカトライズさん。ブルーさんの事が気に入ったみたいです」


「へ?」


 事ここに来て彼は漸く自分の状況を理解した。より正確には自分の頭上から見下ろすコカトライズの親と脇で眠りこける雛の存在に。親鳥の方は気性を荒げた鋭い鳴き声ではなく、何処か嬉し気に小さくコッコッと唸っており、更に時折嘴をブルーの頬にこすり付けている。ラベンダー曰く、親愛の証らしい。


「フアアァァ!!」


 まーた限界超えたか。ま、無理もないけど。


「結果として戦わずに済んだのだから良しとしましょう。と言うか、これ以上暴れられたら俺達も農耕地帯もどうなっていたか」


 オブシディアンが冷や汗をかきながら周囲を見回し、それに釣られるように俺達も周囲を見回すと、毒により無残になった森林が広がる。幸いにも木々が防壁となって農耕地帯へのダメージは防げてはいるが、嫌な臭いとどす黒い毒により周囲は当面使えないとはラベンダーの評価で、直ぐにでも然るべき処置をした方が良い状態とのこと。


「そうですねぇ。でもその前に、ブルーさんからコカトライズさんにお願いしてください」


「はえ?何を?」


「取りあえず襲われない安全な場所に避難してくださいって。そうすればもう襲われることも無いですよって。で、残りの皆さんはコカトライズさんの巣作りを手伝ってください」


「まぁ、それでうまく解決するなら巣作りでも何でもやるわよ」


「同じく。まだまだ何もかもが足りない若輩の身分で魔獣と戦うなんて死んでもごめんだよ」


「えーと、ホントに言葉伝わってるんだよね?じゃあ、ココは人間の領域と近くて、だから人間に襲われる可能性がある。もう少し先に小高い丘があるから、ソコに巣を移動させて大人しくしていて。そうするなら人間に襲われない……よ?大丈夫、だよ?分かる?」


 毒が完全に抜けきらないブルーがしどろもどろに説明すれば、コカトライズは大きく叫ぶと嘴の中に雛をしまい込み飛び去ってしまった。


 小さくなる巨体に、やっと落ち着けると全員が尻もちをついた。思い返せば完全に運任せみたいな状況だった。ブルーが彼自身をして無意味で無価値な行為と評した行動を取らなければリブラもオブシディアン達も大きな痛手を負っただろう。君凄いよ、ホント。

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