武術学園 ~ 次男スピネル 其の2
――2日後
「お疲れ様……ってどうしたの?」
どうやらよっぽど酷い顔をしているらしい。俺達を見たスピネルが怪訝そうな表情を浮かべた。文句の一つでも言いたい衝動が腹の底から込み上がってくるが我慢しよう。それに色々あって疲れた。
「アレ?何か不満そうだね?」
「不満も何も、一体何考えてあんな依頼を寄越したんですか?」
流石に生徒と理事長と言う立場であってもグランディが語気を強めるのは仕方がない。顔には疲労以上に怒りと不満が露骨に浮かんでいる。
「何って、農耕地帯を根城にする犯罪者集団を討伐しろって程度だよ?それとも僕の見込み違いだった?」
この人何を言ってるんだ?と、俺達は互いの顔を見合わせた。誰も彼も混乱している。
「アレ?なんでそんな反応?」
「いや、あの……じゃあコレは一体どういう事ですか?」
話が噛み合わないとなれば証拠を見せるしかないと、オブシディアンが2日前に御者から受け取った書状を豪華な机の上に叩きつけた。乱暴な仕草にスピネルは眉をひそめたが……
「んー、なになに……魔獣?え……ナニコレ?違うちがうチガウ!!僕がこんな依頼出す訳ないでしょ!!」
内容を見たスピネルが態度を急変、狼狽え始めた。知らなかったのか、それともしらばっくれているのかは今のところ分からないが、仮に何かの意図があったとしても生徒3人と俺を纏めて罠に嵌める理由が思いつかない。
「それに、御者から貰ったって?ソレもおかしいよ。僕は確かに農耕ギルドの代表に直接頼んだんだよ?なんで御者から貰うのさ?」
「え、いやそう言われましても……」
「その人が代表から派遣された人って説明したんです」
「そんな馬鹿な!?」
呆気にとられるオブシディアンとパールの言葉にスピネルも混乱し始めた。そりゃあそうだ、彼の理念と今回のクエスト内容は余りにもかけ離れている。但し、今のところ彼が演技をしているか本当に困惑しているのか区別がつかない訳で、だから疑いが消えた訳じゃない。
「つまり、君達は誰かに騙されて受注した魔獣討伐を完了させたって事?」
「まぁ、そうなりますね」
淀みない返答に理事長は黙り込んだ。その目は信じられないと言った様子で俺達4人の間をグルグルと動いている。
「信用しない訳ではないけど、何があったか聞かせてくれるよね?」
「分かりました。先ず、俺達は魔術学舎の2人が作ったに遮断結界(※名の通り、視覚聴覚や気配含めたあらゆる情報を遮断する複合結界)の中で観察してたんですが、その内にある可能性に気づいたんです」
「何に?」
「卵、産んでるんじゃないかって」
「あぁ、そういう。だから農耕地帯に現れたんだね。近場に餌が豊富だもんねぇ」
スピネルの指摘は正しい。何度も何度も襲撃される内、ある一定以上の距離から絶対に離れない事実に俺とアメジストが気づいたのが始まりだった。ただ、予測でしかない。確証を得る為には巣に接近、直接確認する必要があった。
「ただ、やはり現物を見ない事には……となったのですが、ブルーが難色を示しました」
「ブルー?あぁ、ブルー=ジェード……え?参加したの、彼?必要ない位に優秀じゃなかったっけ?」
「はい。実際相当に優秀で、かなり高位の結界を展開してましたね。その分、口と性格がちょっと悪いんですけど」
「助言も的確でした。高位解毒魔術が使える術師が最低でも1人、後は汚染浄化用の為の浄水(※毒を中和する魔力を付与された水。強力な毒を身体から拭うと同時、地中に流れた毒による土壌汚染防止の為に使用される)も必要だと」
「ちょい待ち。必要?用意できなかったの?」
「はい。教会に行ったんですが、農耕ギルドが予備分も含めて全部持って行ってしまったとかで……」
スピネルは3人の報告を聞き入っている。自分が依頼内容をミスった件は既に気にしていないらしい。
「失敗すれば被害は甚大です。話し合い、準備も兼ねて一旦引き上げようとしたんですけど、その時に変な連中が農場奥の洞窟に入ってくのを目撃しました」
「直後にコカトライズが酷く苛立ってるってブルーから連絡入ったんです。多分、使い魔を攻撃した原因だと思いました。アレ、基本的に人の姿してますから」
「そのブルーの提案で、アイツ等を捕まえようって流れになりました。連中が消えれば無意味に使い魔を狙わなくなる、使い魔の安全が確保されるかもしれない、と。その前提でコカトライズの監視と犯罪者集団への攻撃と確保を同時に行う事にしまして」
「へぇ、どんな風に?」
「伊佐凪竜一とブルーをコカトライズに、残りで犯罪者集団の討伐確保って話になったんですが……」
「ですが?何、何かあったの?」
その辺りで口が重くなり、やがて3人揃って口を閉ざした。スピネルは突然の雰囲気に驚き戸惑う。
コンコン
スピネルの鋭い視線が扉に向かった。静かに扉が開く。中からの返答を待たずに入室してきた何者かの態度に彼の顔が露骨な不快感に歪み始めた。
「ちょっと、不躾だな……て、エンジェラ!?なんで君がココに来るのさ?」
が、入室したエンジェラの姿を見るや酷く狼狽した。一方、来るのを予測していた俺達はさして驚かなかった。彼女が来た理由はただ1つ。農耕地帯で俺達とばったり鉢合わせたから。
「どうしても何も、その魔獣討伐を本来請け負ったのは私の近衛達だからですよ、兄上」
「へ?」
「それなのにいざ着いてみれば先客がいて、しかもその中リュウイチ様がいる」
「じゃあ今回の件って、内容の取り違え?」
「だと良いんですけどね」
エンジェラはため息交じりに取り出した書状をスピネルに見せた。
「これは?」
「農耕ギルドから徴発した依頼書。聡明な兄上の事ですから受諾証明の印鑑以外にも偽物と本物の区別がつくような仕掛けがあるのでは?」
「あ、あぁ……そうだね。それじゃあ……」
理事長はそう言うと2枚の書状を机に並べ、その上に魔法陣を展開した。ボウッと仄明るい光に書状が照らされると……
(……)
(ホンモノダヨー)
エンジェラが持ってきた方の書状から理事長のちょっとイラっとする小声が聞こえた。一方、俺達が貰った方はうんともすんとも言わないし何の変化も見られない。
「なるほど」
「これは……」
疑いようがない結論に全員が辿り着いた。俺達を迎えに来た馬車と乗っていた御者は偽物だ。
「つまり、私達は嵌められたって事ですか?」
「間違いなく。しかし、その結果として戦力増強してしまった訳だから、何とも痛快な話じゃないか」
「は?戦力?もしかして犯罪者でも引きこんだの?」
事の経緯を知らないスピネルが驚いた。が、残念だけど違うんだなこれが。
「え、違うの?じゃあ何さ?」
「結論から言えば、コカトライズです。ブルーのヤツがなぜか手懐けちまって……」
スピネル、その言葉に驚く。いや、仕方ないと思いますけどね。
「嘘でしょ?魔獣を手懐けちゃったの?」
「はい。コカトライズって結構賢いみたいで、私達の言葉は確実に理解しています」
「えぇ……何がどうなったらそうなるの?」
驚くスピネル。至極もっともだと俺達も思った。
「では、当時の話を」
代表するオブシディアンが2日前の出来事を話し始めた。




