武術学園 ~ 討伐クエスト
――リブラ外縁部
「ぶはッ!!ハァハァ、し、死ぬかと思った」
猿轡から解放された青年が開口一番で口に出したのは悲惨な心境。ごめんなさい。本当にごめんなさい。
「で、何がどうしてこうなった?」
まぁ、彼はともかく今はアメジスト――じゃなくラベンダーだ。俺の要求に彼女は経緯を説明し始めた。
「えーとですねぇ。武術学園の理事長から助っ人の依頼が来ているって話を学長から聞きましてぇ。それで私、試験会場壊しちゃったじゃないですか?」
「え?アレ、アンタだったんだ……」
「マジかッ、こんな美人さんが!?」
「ひ、被害は?大丈夫だったんですよね?にしても……ちょっと非常識すぎやしませんかね?」
3人は一様に呆れた。まぁ、普通ならそう反応しますよね。
「本来なら支払う必要はないんですけど、だけど設備壊した罰ってことで私が選ばれまして……でも私以外、誰も参加しようとしないんですよ、不思議ですねぇ?」
(((そりゃあ入学試験で会場吹っ飛ばす新入生と組みたいヤツいないよ……)))
3人が仲良く同じ突っ込みを囁いた。ウン、俺もそう思う。
「で、困ってたところに彼がやってきまして。丁度いいって事で一緒にパーティ組んだんです」
「オイ、待てィ!!」
誰かが反論した。ようやく元気になった青年だ。まぁ、何が言いたいか分かるよ、痛い位にね。
「はいぃ?」
「はいぃ?じゃないッ!!俺はッ、お前と組むなんて、ひとッ言も言ってないッ!!」
「でもぉ。『精々気を付けるんだな』って注意してくれたじゃないですか?優しいんですよね?」
「嫌味だって!!なんで気付かないの?どうしてそんなに純真なの?これじゃまるで俺がバカみたいじゃないか!!」
「「「ウン」」」
だよね。
「黙れ脳筋共!!良いかッ、そもそも俺はクエストになんて参加しなくても十二分に優秀なんだ。そんな危険な真似しなくても卒業も将来も安泰なんだよ!!」
捲し立てる青年の言葉を聞くに、どうやら武術学園と魔術学舎では色々と教育方針が違うみたいだ。
「あのね。魔術って才能が全てな部分があって、更にその才能自体がかなり稀有なので入学=卒業みたいな感じなんですよ」
「成績優秀者ほどにいい職にありつけるってのは同じなんですが、そう言う事情もあって優秀者は基本クエストに参加しないんです。参加者は大体ポイント稼ぎか卒業ギリギリの連中位ですよ」
あぁそういう、だから怒ってる訳ね。
「でも、きっといい思い出になりますよ?」
「んなモン、クソッ喰らえだっつーの!!」
が、アメジストは全く意に介さない。コイツ、時々議論で無敵になるな。
「まぁ、落ち着いて。我々としては是非お二方に参加してもらいたい……と言うか、もしかして依頼内容知らない?」
「はい。でも学長さん、こっちで聞いてくれとしか言ってませんでしたねぇ」
「ハァハァ……そ、そうだな。でも、初参加で事情を知らんのだがそんなコト有り得るのか?」
「でしょうね。因みに内容もあり得ないですよ。なんせ魔獣討伐ですから」
オブシディアンは2人のやり取りに呆れつつも、御者から手渡された書状を広げて見せた。
「ハァ!?嘘だろ、ちょっとソレ見せろ!!」
青年が叫び、オブシディアンからひったくった書状に目を通し始めた。眼鏡の奥の冷めた目は疑念に満ちていたが、書状に掛かれた文章をなぞり終える頃には消え失せ、驚きと混乱に支配されていた。
「そ、そんな馬鹿な!?幾ら何でも有り得ないッ、俺達に死ねって言ってるようなモンだぞ!!」
「じゃあ行きましょうかぁ?」
「オイッ。待て待て待て待て待てィ!!おい、いやちょい待って待ってお前、元気一杯に向かうの止めィ!!知ってるの?だから待ちなさいって……ねぇ、話を聞いてお願い?コカトライズだよ?魔獣だよ?別名毒獣と言って、喉袋で生成される猛毒を吹きかけられたら高位の解毒魔術でしか助からないんだぞ?死ぬぞ?ぽややんとしたお前なんか避け切れずに絶対確実間違いなく死ぬぞ?」
辛辣な言葉の中に妙な優しさを垣間見せる青年がものすごい早口で捲し立てたが――
「だーいじょうぶですよぉ。あの子達、結構可愛いところもあるんですよぉ。言葉は喋れませんけど知能は高いし、人語もちゃあんと理解してるんですよ」
相変わらずラベンダーには効果がない。
「え、マジ?って、そんな事ァ聞いてねぇ!!」
一瞬だけ素に戻った青年だったが、再び激高した。コロコロ顔と態度が変わるなぁ、彼。
「ソレに畑と農作物に毒をぶっかけられたら飢饉確実、周辺は暫く作地不可能だ。責任重大だぞ!?」
「だから大丈夫ですよお。何たって彼がいるんですよぉ」
ね、とアメジストが俺に熱い視線を向けた。頼むから余計な事を喋るなよ?と、そんな意味を込めてアメジストを見つめ返したが、頬を染めたり照れたりモジモジしてる。さてはコイツ、俺の言いたい事を全く理解してないな?
「ン?ってそういや見慣れない顔だけど、一体どこの誰だ?ランク何位?」
「圏外です。と言うか測る前でして」
青年の質問にオブシディアンが大分端折った説明を返した。途端に、青年の表情がみるみると崩れていった。ところでランクって何だっけ?知らない事だらけだ。
「は?っておいまさか……」
「あ、そっちでも噂になってる?」
「じゃあ、そいつがアンダルサイト様をぶっ飛ばして大怪我負わせたって噂の新入生か!?」
なんか噂に派手な尾ひれがついてるようだけど間違いない。ただ大怪我はさせてないよと、尾ひれがついた部分を訂正して伝えたが、青年は困惑した表情のまま固まった。ホントに表情がコロコロ変わるなァ彼。
「アナタの言う通り、本来ならば死ぬのは確実。ですが、スピネル理事長がそんな無謀を許可するとは思えません。このクエストには何か意味がある筈なんです」
「た、確かに……他の脳筋共ならばともかく、スピネル様がこんなクエストを生徒に回す筈がない」
青年の表情が再び変わった。今度は眼鏡を弄りながら何かブツブツと呟き始めている。
「噂の新入生とラベンダーを軸に俺達が補助に回る……いや、それじゃ完璧とは言い難い。それにコカトライズの毒だ。まともに喰らっても駄目、風に乗って農耕地に飛んでも駄目。なら……いや、やはり速攻撃破なのか。確かに2人の実力があれば……だとするならばどうして余計な4人を加える必要が……」
「聞こえてんぞ、陰険メガネ君?」
青年の声に明確な悪意を感じ取ったパールが静かに嫌味を吐き出した。
「事実だぞ女。大体、俺達だって同じなんだ。連れてこられた俺にせよ代わりの誰かにせよ、残念だが魔力量も技術もラベンダー=クォーツの足元にも及ばない。端的に言えば俺達4人は足手纏い、なのに理事長はその足手纏いとパーティを組ませた」
「はっきり言ってくれるが、確かに一理ある。だけどなぁ、どんだけ考えても理由が分からんのだ」
眼鏡の青年が再び黙り込んだ。真剣そのものの表情には、不可解な現状を少しでも正しく把握しようと必死に足掻く心情が隠し切れない。
「気が変わった。俺も参加する」
程なく彼はクエスト参加を承諾した。
「怪しいなぁ」
まぁ、パールが疑うのも無理はない。さっきまで強硬に反対していたのにいきなり考えを翻したんだから。が、彼の視線は疑念を向けたパールではなく俺に向かった。
「馬鹿野郎。この機に皇帝陛下との縁を作る為だ。新入生、お互い協力しないか?この不可解なクエストに俺は無償で力を貸す、当然手抜きもしない。その代わりアンタは報国時にスピネル様とアンダルサイト様に俺の名を伝えろ。アンタの言葉ならあの2人は信用する。どうだ、悪くない内容だろう?」
「ちょっと打算的過ぎでしょ?」
「当たり前だろ?」
「でもホントは心配なんですよねぇ?」
「違ッがーう!!」
青年、君には心底同情するよ。と、それは置いとくとして、彼の提案は否定するほど悪い条件ではない。特に成功したら彼の名を伝えるという緩い条件。手柄を自分で独占とは言わず、また直接紹介しろとも言わない辺り、彼は自分が積み上げてきた実力に相応の自信を持っているようだ。
「どうする?これでもかなり簡単な条件にしたつもりだけど?」
「分かった」
「え?いや、は、早いな」
俺が即答すると眼鏡の奥の目がちょっと動揺した。即断で良い返答が貰えると期待していなかったようだ。
「とは言っても俺と関りがあるのってエンジェラの方だけど、それでいいか?」
「は?エンジェラ様も?」
「そう言えば彼、エンジェラ様と婚約してるらしいんだよ」
「フアァァア!!」
と思ったら白目剥いた。お前、突然どうしたんだよ?
「どうやら想定外の情報が一杯で頭が限界を超えたようですねぇ」
なるほど。災難だな彼も。
「な、何なんだ。どうなってんだ今年は!?」
「大丈夫。私達も思ったから」
「さて、じゃあ行こうか。安全を確保しつつコカトライズの観察をしようってなると魔術師の補助が必要不可欠だ」
「そうだな。おっと、自己紹介がまだだった。俺はブルー=ジェード、宜しく頼む」
「ラベンダー=クォーツです。宜しくね」
色々あり過ぎて伸びに伸びた自己紹介を漸く終えた眼鏡の青年ことブルー=ジェードとラベンダー=クォーツ(中身はアメジスト)を伴い、俺達は都市外部に広がる農耕地を目指した。
目指すはその端にあるコカトライズの巣。広大な農耕地を人が全て監視管理するのは困難と言う理由から、大抵の農地には魔術師が作った使い魔が巡回しているそうだが、敵と勘違いしたコカトライズが襲撃、壊滅させてしまった為に農作物が草食動物に食い荒らされ、更にソレを食う肉食動物までもが出没し始めたのが依頼の切っ掛けとなった出来事。
ならばと使い魔を補充したのだが、その度にコカトライズが壊されて埒が明かない。で、これ以上の被害拡大は深刻な食糧難を招くと判断した農耕ギルドがコカトライズ討伐を依頼したそうだ。
が、なんか変だよなぁ。この世界の事情には余り詳しくないけど、そんなひっ迫した事情があるのに武術学園の生徒に頼むものか?
隣を歩くパールも同じ疑問を持っているようで、俺の疑問にだよねぇと同調した。やはり何かがおかしい。全員が全員、このクエストに不可解で表現しようのない違和感を覚えている。
「酷い……私というものがいながら……」
違いました。アメジスト除く全員が、でした。ソレにしても君さぁ、なんでこの状況でもマイペース貫けるの?いや、褒めてないから。照れるな。頼むからもう少し真面目に生きてくれねぇかなぁ。




