武術学園 ~ クエスト開始
――リブラ都市郊外
馬車に揺られ揺られてどれ位の時間が経過しただろうか。こういった生活をして常々思うのは、持ち運べる時計が無いのは酷く面倒だということ。
時計自体は存在するがまだ小型化には至っていないので、教会とか大きな施設の上部に付けられた時計でしか時間を測る術が無い。
「お待たせしました」
外から御者の声が聞こえ、馬車が止まった。外を見れば鉄製の黒光りする大きな門。どうやら目的地にほど近い場所にまでたどり着いていたようで、俺以外の3人は既にサッサと降りていた。一声かけてくれてもいいのに、どうも距離感とか溝みたいなものを感じるなぁ。
「この大きな門と壁を境に上位と下位が区分けされるんですけどね。コッチは犯罪者や、場合によっては獣とかもうろつくお世辞にも安全とは言い難い地帯なんで気を付けてくださいよ」
「そうなんだ」
馬車から降りた俺に3人組の1人、俺よりも幾分か年上のオッサンが教えてくれた。
「何処の都市も基本的にそうですけど、ココは特に規模が大きくて、だから上と下の差も大きいんですよ。主に金銭的な理由で都市全域を覆うような壁を作るのは困難ですからね。だから鉄騎兵や武装ギルドが目を光らせているんですが、それでも限界はあります」
そのまま青年が説明を引き継いだ。そう言えば俺が当面の住処として与えられたのは壁の向こうの上位区画にある。考える余裕がなかったけど、随分と安全な場所を用意して貰えたんだな。
「限られた面積しか囲えないんだから、必然的に入れない人が出てくるのは仕方ないって」
女生徒が更に重ね――
「下位の住民が上位区画に入る機会は年に2回の祭りか、さもなくば家族の誰かが功績を上げなきゃあ無理ですね」
オッサンがそう締めた。
「なんでそんな当たり前のことを……ってあぁ、その田舎者の為ですか。とにかく、後は宜しくお願いしますよ」
田舎者って、まぁ間違ってないけど口が悪いな。
「はい、ありがとうございます」
青年が礼を伝えると御者は足早に引き上げていった。後に残ったのは俺達4人と、大きく開いた門の前に直立不動で立つ10名ほどの鉄騎兵。
「じゃあ行きましょうか。魔術学舎とはリブラの外で合流予定らしいです」
「ついでに色々と教えておかないとね」
率先して指揮を執る青年の横で、少女が得意満面な笑みを俺に向けた。
「一撃でノされたのに元気だねぇ」
「「言うなッ!!」」
が、オッサンが茶々を入れると仲良く叫んだ。オッサンを含めた3人が馬車でずっと静かだったのは出発する前にひと悶着あったからでして。
※※※
「ちょっと手合わせを願いたいのですが、良いでしょうか?」
理事長室から出た辺りで青年が神妙な面持ちで俺に声を掛けてきた時、反射的にOK出したのはやはりまずかったなぁと思い返す。
無下に断って機嫌を損ねられてはたまらないし、不信感を持った状態で仕事をするのも差し障りがあると考えたのは結果的には間違いだった。
「入学式の件、実は話でしか聞いていないんですよね。僕達」
「学園中で噂になってる位です。実力を疑う訳ではないんだけど……さ」
「我々としても異例尽くしで入学したルーキーの実力を正しく知っておきたいんですよ」
要は3人共に昨日の一連を見ておらず、だから俺の実力に懐疑的だという。じゃあなんでいなかったのと聞き返せば、全員仲良く特訓していたそうだ。
が、それは何も彼等だけじゃないそうで、学園の上位に位置する生徒ほど昨日の件を知らないとのこと。理由はやはり特訓。良く理解していると感心した。差と言うのは得てして凡人が見落としそうな小さな小さな努力の積み重ねだと、何処かで聞いたことがある。
特に青年と少女はまだ年若いのにその事を重々理解しているようだ。が――だからって3対1、しかも本気で掛かってくるのは止めて欲しかった。しかも、負けたらクエストには私達だけで行く、なんて発破を掛けられたものだからついうっかり――
※※※
「あーもー、だからやめとこうッていったのに!!」
ですよね。
「き、君も賛成したじゃないか?ですよね?」
「ぼかぁどっちでも良かったよ。本当なら楽できるし、嘘ならライバルが減るだけ。だけど君達の情熱に負けてさぁ」
「「嘘つけッ!!」」
まぁ、結果的にボコボコにしてしまいました。誠にごめんなさい。しかも、俺と成績上位者が戦うというんでまたしても集まり出した野次馬達の前でワンパンKOされてしまったものだからバツが悪いんだろう。
でも少し位は加減しとけばよかったという考えはあの時には全く浮かばなかった。3人共に滅茶苦茶強かった。そりゃあ昨日戦ったアンダルサイトと比較すれば大きく劣っていたけど、全員相当以上に強いのは疑いようがない。一撃は重く的確で、隙を全く与えない連携を前に終始押されっぱなしだったのは確かだ。だからつい本気になってしまったのだけど――
「い、いや。皆強いよ」
「当然でしょ!!」
俺の擁護に少女は語気を強めた。この子は勝気だなァ。
「まぁこの子については許してあげてくださいよ。無事卒業できないと親の決めた許嫁と無理やり結婚させられそうなんで焦ってるんすよ」
「言わなくて良い事を言うなッ!!」
十分合格点だと思うよ、と烈火の如く怒る少女を宥めた。いや本心だよ?しかしこの嫌がりよう、結婚相手を勝手に決められでもしたんだろうか。何となくそんな風習が残ってそうな時代だもんなぁ。
「フフン、だっからそう言ってるでしょ」
少女は再び得意満面の笑みを浮かべた。黙ってれば可愛いんだけどね、この子。
「か、かっかっ可愛いっててて、とと当然でしょ?」
おやぁ、意外とチョロいぞこの子?あるいは素直に褒められた経験が無いとか、かな。
「ま、まぁ彼女の件は置いておいて……あーそうだ。なんだかんだで自己紹介してませんでしたよね?僕はオブシディアン。こっちのちっこいのがパール。隣のオッサンがグランディ」
「宜しくね。えーと、伊佐凪竜一……だったかしら?」
「はい、宜しく」
「場合によっては長い付き合いになるかもしれないんで、まぁ仲良くいきましょうや」
「長い?」
「あーそうか。この人、信じられないけど入学初日だっけ。なら知らなくて当然か。あのね。クエスト参加メンバーって基本的に一度決められたら滅多なことでは変わらないの」
パールは驚き呆れた表情で俺を見つめつつも、クエストの仕様に関する詳細を教えてくれた。そうなんだ。でも、考えてみれば逐一変わると確かに連携取りづらいから当然だよな。
「そうです。実戦ではそんな甘いこと言ってられないんですが、僕達はまだ生徒ですし。それに理事長の方針でもあります、優秀な生徒の生存率を下げる上に時間が掛かる逐次選定は悪手でしかないと強引に今の方針に切り替えまして」
あの人、思った以上に優秀で生徒思いなんだな。
「そりゃあそうですよ。あの若さで学園理事長になって、しかも悪化していた財政を瞬く間に立て直したんですからね」
「しーかーもー、あんなやる気なさそうな見た目なのにメッチャ強いんだからあの人」
マジかよ。神様、天は二物を与えずとか言ってるのに明らかに与えすぎてるよ。
(呼んだかい?)
ゴメン、呼んでない。
(酷いなぁ。そうそう、才能って別に神が与えてる訳じゃないぞ。君が知識として知る遺伝子と境遇や環境、後はほんの僅かな意志の差だよ。理事長なる人物の事はよく知らないが、恐らく相当以上の努力家だろうね。生まれや育ちに甘んじない鋼の精神を持っているようだ)
見た目と第一印象からは全く想像できないんだけどね、あの人。
「そうそう。実は一度誘拐されかけた事があったらしいんですがね、なんか全員を1人で返り討ちにして、ついでにアジト漁って金目のモン持って帰って来たって武勇伝があるんですよね。だから学園の改革がスムーズに行ったんですね」
「で、その理事長が僕達に相応しいと見繕ったクエストが今回の書状に書いて……」
理事長の自慢話の最中、ソレまで開かなかった書状なる物を漸く開いて中を改めたオブシディアンは目を丸く見開いたまま歩みを止め――
「あるん、です……け、どぉぉおおぉン?」
いきなり素っ頓狂な声を上げた。いきなりどうした?
「え?何?どうしたん?」
「珍しいねぇ、君が驚くなんて。どれどれ、お兄さんにも見せてみなさい」
2人はオブシディアンの態度に驚きながらも彼の横に立ち、それぞれ書状を見上げ、あるいは見下ろし――
「「ヹッ」」
急にカエルが潰れたような声を上げると一様に固まり動かなくなった。何だ?何が書いてあるんだ?
「だ、大規模農場の端に住み着いた……ま、魔獣コカトライズのととと討伐⁉」
「う、嘘でしょ?こんなの私達に出来っこないじゃない!!アンのボンクラ理事長ゥ、さては金に目が眩んだなァ!!」
「と、取りあえず落ち着こう……って言いたいが、今回ばかりは流石に異常だぞ」
事態が良く呑み込めないけど、異常なんだ?
「え、えぇ。魔獣討伐なんて鉄騎兵か近衛の仕事です。武装ギルドだって基本は時間稼ぎか即撤退が推奨されていて、まかり間違っても討伐なんてしません。ソレをまだ生徒の俺達にやれって……」
呑気に尋ねる俺を他所に3人はそれぞれ驚き戸惑ったが、やがて泳いでいた視線が俺に集まる。
(まさか、彼?って言うかそれ以外に無いよね?)
(あぁ、そうとしか考えらえない。入学初日の生徒がクエスト参加、しかも理事長自らが要請するだけでも前代未聞なのに、依頼内容が正規軍レベルの魔獣討伐なんて……)
(つまり、彼の実力は現時点で四凶、あるいはジルコン殿と同じレベルという事か?でもそれって=リブラ最強って話で……)
「「「無茶苦茶だぁ……」」」
3人はなにかゴソゴソ話し合うと、その最後に仲良く一言吐き出した。何?なんなの?俺、どうすればいいの?なんでそんな目で俺を見るの?
「と、とにかく。理事長は基本的に無茶を言う方ではありません。この依頼にも何か必ず意味がある筈です」
「そ、そうよね。だってクエストの仕様を変えたのも生徒の死亡率低下とクエスト達成率向上の為だし。普通なら私達なんて数分で昇天よ」
「なら、まずはその魔獣を観察してみようか。確か助っ人は出口で合流予定だったよね」
困惑する俺を他所に、3人は共に何とか持ち直すと再び歩き始めた。向かう先は都市の外、魔術学舎から来た助っ人との合流地点。
話を総合すればかなり無茶な依頼を押し付けられたらしいのは分かるが、それでもこの面子なら何とかなるような気がする。それに魔獣と言ってもそう強いモンじゃない。ルチルやシトリンが一撃で倒しているところなら何度か見たし、別に完全無敵の生命体という訳ではない。
「あー。ここでーすよぉ」
外に向かって歩き始めた矢先、聞きたくない間延びした声が聞こえた。
「お、あの人……か?」
「でもさぁ、なんか今回に限ってやけに変な事ばっか起きるよね?」
「あぁ。何なんだあの状況は?」
嫌な予感がした俺が3人に一歩遅れる形で恐る恐る声の方を見れば、ソコにはアメジスト(ココでの名前はラベンダー)がいた。が、彼女は何かよく分からない物を引き摺っている。アレは――近づくに連れて徐々にはっきりと分かる様になった物の正体は、紐で縛られムームーと哀れな声を上げる青年だった。
「私達もぉ、パーティー組んできましたぁ!!」
「「「違げぇよ!!」」」
「何やってんだァ!!」
紐で縛って連れ回すのをパーティって呼ぶか。その時、俺達4人の心は確かに1つとなった。




