武術学園 ~ 次男スピネル 其の1
――武術学園 理事長室
「この人は?」
俺は隣に立つ教師にそう尋ねた。外を見れば朝もやが掛かっており、まだ起きるには少々早い時刻。そんな時間に扉をガンガン叩かれ、強引に起こされると教師に促されるままこの部屋まで連行された。前日の入学試験の傷、まだ少し引いてないんですよね。
「当学園の理事長であり、また皇帝陛下の次男でもあるスピネル様です。同時に帝国財務管理長官でもありますから、くれぐれも失礼のない様に」
教師の紹介に目が冴えた。昨日派手に暴れた甲斐が有ったのか無かったのかは定かではないけど、トントン拍子に2人目と接触できたのは何とも幸運だ。眠気が完全に冷め、目の前の豪華な机の奥に座るまだ年若い理事長を見つめた。
「ふあぁぁあ……やぁ、おはよ」
開口一番が欠伸とは、さてはコイツやる気ねぇな。
「君の噂はかねがね。生徒達には余計なことは喋らない様に注意したけど、肝心の兄上が熱心に話していたからね」
アンダルサイトが?どんな風に言っていたんだろうか。と言うか試験とは言え皇子殴り飛ばしても何のお咎めも無いのか。
「さて、君の編入試験の件だけど……改めて学長である僕から合格を出そう。実力については申し分ない。が、流石に申し分なさ過ぎてね。なので君専用の特別カリキュラムを組ませて貰いたいと思って呼びつけたのさ」
特別?何とも心地よい響きだけど、でも何をさせられるんだろう。出来れば目立たず地味であることを祈るばかりだ。
「そう構えなくて良いよ。ただ、ちょっとばかし授業を前倒しするだけさ。ところでギルドって知ってる?」
藪から棒にそんな質問をされた。ギルド……ギルド?あぁ、聞いた記憶がある。確かハイペリオンから出た直後の船内でアイオライトと揉めた連中がナントカギルドから派遣されたとか言っていたし、ジルコンもギルドの偉い人だと言っていたな。
「ちょっと理事長、まさか……前代未聞ですよ。入学したばかりの生徒にクエスト任せるなんて!!」
それまでボケっと立っていた教師が突然反抗し出した。何だろう、また嫌な予感がするんですが。
「そのまさか。君にはクエストを受けて貰いたい。ギルドとは職業共同組合。あ、知らない?簡単に説明すると、個人で商売始めるのってちょーっと難しいでしょ?だから、同じ職に就く沢山の人と帝国がお金を出し合ってお互いに助け合いましょって組織を作ったの。事業範囲内で組合員が必要な物資、資金、仕事なんかを支援する組織がギルドね」
なるほど、JAみたいなもんですかね。
「ジェイ……エー?よく分かんないけど、ともかくギルドが抱える問題を解決し、報酬をもらう。この一連を我が学園ではクエストと呼ぶ。内容は様々だが、当然武術学園に依頼する内容だから危険な内容が多く、油断すれば命を落とすケースもある。けどメリットも多いよ。先ず当然ながら報酬。学園が幾らか紹介料を差し引くが、残りは参加メンバーで等分される。次に名声、解決すれば当然各所に名が知れる。鉄騎兵にせよ近衛にせよ基本的に個で動くことなど滅多にないんだけど、例えば名を上げた者は重要な任務をに対し名指しで指名されるケースも往々にしてある。どうだい、やってみるかい?」
この人、金の話になった途端にエラく生き生きとし始めたが、でも騙しているとか嘘を言っているような感じには見えなかった。ただ、これ以上目立つなって釘刺されたばかりなんだよなぁ。
「アレ、あまり乗り気じゃないねぇ?生徒の間じゃあクエスト参加が1つの評価基準になってるんだけどなぁ」
そうなんだ。でもそうなると参加は見送った方が良いような気もする。名が知れ渡ればって、ソレ目立つって事だよね。だけど一方で懸念点もある。
理事長は俺の能力を見込んでクエストに俺を推薦した。もし引き受ければこの先もこうして話す機会が出てくるだろうけど、断ればここで縁が切れる。期待に応えない人間はバッサリと切り捨てるような、そんな印象がある。さて、どうしようか。
「クエストに赴くというのは成績優秀者の中から更に選抜された精鋭の証なんだ。ソレにさっきも言ったけど、クエスト成功は名声の上昇につながる。それに、そもそも卒業できれば万々歳なんて半端な思考の生徒はココに居ない。誰もが強くなることに、何より力で名声を得ることに貪欲だ。まぁ……君を馬鹿にして返り討ちにあった連中みたいなやつを生み出す土壌になっていることは否めないけども。あ、その件、今更だけどごめんね」
軽ッ!!謝ってくれたけど軽い上に緩いぞ。どういう性格してるんだ。コッチは昨日に続き二択問題に頭を痛めているというのに。
「理事長……」
「だーめ。これ、決定事項。ウダウダと無意味な議論する時間が勿体ない。君達、事あるごとに前例前例言うけど、残酷な現実は前例あろうがなかろうが無関係に、ある日突然襲ってくるよ。必要なのは即断で正しい選択を行う胆力とその為の情報収集って何時も言ってるでしょ?」
「しかし……」
「そうやって前例に倣って学園の財政悪化させたのだーれ?立て直したのだーれ?」
「むぐぐぐ……」
その言葉に教師は臍を噛む。どうやら頭が上がらないようだ。それにしても、立て直した?この人、線の細い優男で頼りなさげな印象あるけど、実際は相当に優秀なのか。そう言えばこの人もエンジェラやアンダルサイトと同じ皇帝の血筋なんだよな。
と、そんなやり取りを見ていたら、そう言えば優秀な人って結構即断で物を決める傾向があるよな、と数少ないリアルの人間関係から導き出した持論を思い出した。覚悟、決めた方が良さそうだ。
「で、どうする?」
「分かりました」
散々悩んだが、引き受けた方が良いと思った。評価の為じゃない、下手に断ってこの人との繋がりが消えるデメリットの方が大きい。
「そうそう。人間お金に素直なのが一番だよね」
違う、と言いたいが黙っておこう。しかし、この人なんでこんなに金に執着してるんだろう。俺の返答聞いた時に見せた笑顔って絶対カネ絡みだよね。
「さて、じゃあ……あーあー、コチラ理事長。入ってきていいよ」
金に執着する理事長は、次に人工妖精を取り出すと誰かを呼び出した。直後、背後の扉をノックする声が響き、続いて数人が理事長室へと入ってくる足音が背後から響いた。
「お待たせしました理事長」
「こちらこそー。さて、今回のクエスト参加メンバーは理事長権限で君達に決定させてもらったよ。成績優秀で判断能力も申し分ない」
「ありがとうございます!!」
「しかし、その……1つ宜しいでしょうか?その人は誰です?」
最初に低い男の大声が聞こえ、次に冷静そうな女の声が聞こえた。明らかに俺への不信感に満ちているのが言葉遣いからわかる。
「あぁ、君達知らないのか。そこの彼が僕の兄上とガチンコで殴り合った噂の新入生だよ」
「「「えっ!?」」」
知らんかったんかい。っていうか何も知らない状況は本来なら好都合なのに、この人は何で余計なことを言ってしまったのか。ほら見ろ、彼等全員後ずさってるじゃないか。
「あー、宜しく」
「は、はひ」
率先して自己紹介をしたけど、やはり溝は埋まらず。ま、ソレは良いんだけどまるで化け物を見るような目で見ないでくれ。
「あ、アナタがアンダルサイト様をボコボコにした恐れ知らずの新入生……」
ちょっと語弊があるね。寧ろそんなことしたら俺の首と胴が泣き別れしているよ今頃。
「う、うぉおって……意外と地味だ」
悪かったな。
「さて、じゃあ顔合わせも済んだことだし……」
いやいや。ちょっと早すぎでしょ?もう出発するのか。それとも、もしかしてさっさとクエスト行って欲しいから早朝から呼び出したのか?
「そうだよ。君、兄上ボコボコにする位に豪胆かと思ったら妙に慎重だね?」
してないですよ。寧ろボコボコにされてたんですけど。
「いやぁ、嘘は止めた方が良いでしょ?」
そこの教師、ちょっと黙って。
「そうそう。兄上、かなり根に持ってたよ?性格は悪くないんだけど脳筋というか判断基準が強いか弱いかしかないというか、とにかくその内またリベンジしに来ると思うから、面倒じゃなければ死なない程度に相手してあげてよ」
なんやこの人、兄弟の話なのになんでこんな雑で適当なの。お兄さん草葉の陰で泣くよきっと。後、一緒に行動する3人との溝が広がるからそれ以上余計な事を喋らないでお願い。
「おっと、話が逸れちゃったね。オホン。さて、伊佐凪竜一。君は実力については申し分ないが、兄上の話では瞬間的な判断能力に難があると評価されていた。一方、君と行動を共にする彼等は逆にその点が優れている。後ろの君達も評価が欲しければ物怖じしている余裕はないよ?互いを補い合い、見事クエストを達成してきて欲しい」
「「「分かりました」」」
「は、はい」
とにもかくにもと、素直に返事した。こうなってしまうのは仕方ないし想定内、ならばせめて目立たず騒がず静かに仕事をしよう。
「そうしないとコッチに金が入ってこないんでね」
おいおい、ヤッパリ金かい。拝金主義者なのか?
「そんじゃまあ後は若い者同士で頑張ってねん。じゃ、今日はこの辺でお開き。僕はこの後も予定があるから、後の事はギルドの人から聞いてね。あーそうそう、今日のクエストは魔術学舎と合同だから」
「「「はい」」」
3人は理事長の言葉に勢い良く返事を返した。一方、俺は何やら嫌な予感に胸がザワついてそれどころじゃなかった。魔術学舎と言えばアメジストが留学している場所。まさか、来ないよね?




