幕間1 これが この女の本性 其の2
――番という言葉がある。一般的な意味は「2つを組み合わせて1組となるもの。対になるもの。雌と雄」であり、誰もがその意味を疑う事なく信じている。しかし、この世界における番とはいわゆる運命の相手を指す。
「あー。地球人君。今、時間いいかな?」
「あれ?さっき部屋にいた人、でしたっけ?」
「そうそう」
「何かありました?」
時刻は恒星が真上から暖かな光で照らす昼時。場所は都市の中心部にそびえる巨大な神樹から幾分か離れた場所に作られた広大な公園。その端に置かれた木製のベンチに2人の男が腰を下ろす。
一人はスーツを着た20代位の青年。その出で立ち、特に顔立ちはそれ以外と比較しても明らかに異質で、酷く浮いている。しかし別の世界から転移して来たという特異な人物なので致し方ない。
対照的に、異世界から来た青年に話しかけるもう一人の男は動きやすい軽装に迷彩模様のマントを羽織り、腰からは剣をぶら下げた青年。容姿は非常に整っており、青年とは良くも悪くも好対照な印象を与える。事実、この男が来ると同時に周囲の女性は色めき立った。
「その前に、良ければ君の名前を教えてもらえるか?これから色々と話をするのに名前を知らないのは面倒だ。俺はアイオライト。宜しく」
アイオライトと名乗った男はにこやかにほほ笑むと地球人の青年に手を差し出した。この男は親交の一環として握手するという地球の文化を把握している。緊張を解きほぐす為、相手の文化文明に一定の理解を示しているという証を立てる為だ。
「あ、はい。伊佐凪竜一です。宜しく。一部からナギって呼ばれてたので、そう呼んでくれて良いですよ」
一方の地球人も挨拶と共に本名を教え、差し出された手を握り返した。
「さて。ではお互いの名前を知ったところで本題に行こう……」
極めて穏やかなアイオライトは、しかし本題と言ったところで言い淀んだ。理由はただ1つ、この青年に与えられた役目。彼はどうにかして伊佐凪竜一と名乗った地球人が当惑星最強の女傑アメジストにどんな感情を抱いているか聞き出さねばならない。が、コレが実に厄介。
何せ今さっきお互いの名前を知ったばかり。そんな状況で誰が好きとかどうとかを話すのは流石に不自然過ぎる。いきなり距離感を無視した質問をすれば流石に怪しれるに止まらず、ともすれば聞きたい事も聞き出せない。アイオライトは色々と思考を巡らせた末――
「耳。違うでしょ?」
唐突に切り出した。
「あー、確かに。なんか、殆どの人が尖ってますよね」
違う、と耳を指さすアイオライトに伊佐凪竜一はそういえば、と心情を素直にぶつけた。伊佐凪竜一とアイオライトを含むこの都市の人間との最大の違いは耳、次いで整った顔立ち。
系統樹を遡れば都市の中央に力強く根付く神樹へと辿り着く彼等の種族は一様に整った容姿を持ち、更に長命、駄目押しに生まれながらに高い魔術への適性を持つ。
伊佐凪竜一が目立つ理由は、特に地球から来た彼の要旨は平々凡々で、ソレがこの都市では異様に浮いてしまう為。
「まぁ微々たる差だけども。だけど俺達はそう思ってもそれ以外がそう思ってくれるとは限らない。だからつい最近まで派手に争っていたのさ」
「最近、ですか?」
「そう。つい2、300年位前まではね」
「え?それって最近、なんですかね?」
最近、という言葉のギャップに伊佐凪竜一は驚く。翻訳は正常に行えているが、両者の間にある常識まで是正される訳ではない。価値観の違いは交流する中で埋めていくものだ。
「寿命もそこそこに長いからね。人間とは少しだけ感覚が違うんだ。それ以外も色々とね。例えば容姿もそうだね。争い合っていたという理由にはコレもあったんだ。誘拐され、取り返して。小さな火種が幾つも残り、幾つかの要素が重なって爆発した、みたいな」
アイオライトは相変わらずにこやかに微笑みながら彼等の種族や辿った歴史について語ったが、中には耳障りの良くない話も含まれていた。種族全体として容姿が整っているというメリットは、それ故に狙われるデメリットと表裏一体だという。
本能か欲望か、人は美しい物に惹かれ、手に入れようと躍起になる。観賞用、伴侶、あるいはもっと下卑た理由……誘拐の理由は様々だとアイオライトは続けた。
「だけどね。長命になればなるほどに生殖への関心が薄くなるんだ。成熟しているともいえるし、あるいは呪いと噂された事もある」
「はぁ、呪い……ですか?」
「もし長命な種族が繫殖欲旺盛だったらさ、ホラあっという間に星を食い尽くす位に増えちゃうでしょ?だから、僕等の中には何らかの安全装置があって、それが働いているんじゃないかって……だけどソレが分らないから呪いなんて言葉を使ったんだよ。おっと、難しい上に辛気臭い話をして済まない。そうだな、じゃあ気分転換に別の話題を振ろう。実は君に部下を一人付けようって話が上がってるんだ」
部下。不自然な位に話を切り上げたアイオライトの会話の中に含まれた単語に伊佐凪竜一は顔をしかめた。言葉の意味が分からないからではなく、唐突にそんな立場に置かれた違和感がそうさせた。一方、アイオライトは彼のそんな表情を知るや捲し立て始めた。
「ココの生活に慣れるまでの間の期間限定だよ。これから一般常識やら何やらを色々と教える予定だけど、だからと言って直ぐに覚える事が出来る訳じゃないし、その間にトラブルがあっては多方面との調整が必要になる。なら、誰か一人を君に充てがっておいた方が面倒がないという訳だね。で、ここからが重要なんだけど、誰が候補いるかい?」
今度は候補。伊佐凪竜一はまたもや顔をしかめた。アイオライトの提案は一見すれば理に適っているが、しかし一番最後に聞かれた質問は流石に不自然極まりない。何せ彼はこの都市の大半の人間と交流を持っておらず、候補を上げろと言われても出てくる訳がない。
「え?候補?」
と、混乱するのも無理はない。
「そう、候補。おっと言い忘れていたけど、別に今すぐじゃなくていいよ。それに候補とは言っても気軽に決めてくれていい。所詮は一時的な手伝いだからね。だから誰を指名しても良いし……もし思い浮かばなければ、例えば君の好みのタイプを教えてくれないか?ソレを元にコッチで適当に選ぶからさ」
してやったり。ごく自然に聞きづらい話題を振れたアイオライトは気付かれない程度に口の端を歪めた。我ながら上手く事を進めた、とご満悦な心情が僅か表情に現れる。
コレこそが彼が聞きたかった事。厄介な上司を応援するにせよ、先ず伊佐凪竜一がどんな女性を好むか、その傾向を知らねば対策が取れないという理由もあるが、単純にその上司が懇願して来たからでもある。
別に無視しても良いか、彼女が癇癪を起こせば誇張抜きでこの島が地図上から消滅しかねない。
「えーと」
「何度も言うけど難しく考える必要はないよ。そうだね。例えば……年上と年下どっちが好き……」
得意満面のアイオライトは尚も捲し立てるが、その直後に彼の耳はガサガサという音を捉えた。ソレは不自然であり、同時に少しずつ、何かが近づいて来る。
瞬間、アイオライトの顔が険しさを増した。獲物を狩る獣の様な鋭い眼光が音と気配を睨む。




