編入試験の終わり 其の4
――リブラ帝国上位区画内 要人宿泊施設内屋上
「アンタか」
入学試験日のゴタゴタの翌日未明。都市内を一望できる小高い丘に作られたホテルの最上階から街を一望するルチルが、背後に声を掛けた。
「こうして会うのは初めてになるか。お初お目にかかる」
「堅苦しい挨拶は良いよ。アンタがナギがいたチキュウとかいう星の神様なんだっけ?」
「間違いではない。で、話と言うのは?」
神の言葉にそれまで呆然と街を眺めていたルチルは名残惜しそうに視線を逸らした。眼下の街は大半が闇の中に落ちており、ハイペリオンとは違い石畳の道路が仄明るく光る事も無い。
が、代わりに充填された魔力により周囲を照らす街灯が等間隔に並んでおり、更にその間の闇を一定のペースで小さな明かり動く。警備兵が光の魔術を使って周辺を見回っている灯りだ。
「なぁ。なんでアイツをアタシ達のところに寄越したんだ?」
明滅する灯りを背にルチルがストレートに尋ねた。一陣の風が吹き抜け、彼女の髪を揺らす。
「番。その説明だけでは不服かね?」
「不服だね。番の運命にあるのは別にアタシ達じゃなくて他にもいたんじゃないのか?」
ルチルの指摘に神は沈黙を貫く。
「例えば……エンジェラもナギの番じゃないのか?別に彼女じゃなくても、例えば別の惑星でもいいさ。とにかく、アタシ達じゃなくて別の誰かでも良かっただろ?なんでアタシ達を選んだ?アタシ達はナギと違って寿命が違い過ぎる。アイツ……多分その事を分かって……」
「それは違う」
「何がだ?」
持論を否定されたルチルが語気を強めながら、神に詰め寄った。
「彼は向こうに思い人がいた。死に目に会えなかったその人を弔いたい。そうすることでケジメを付けたい、あるいはそうするまで前に進んではいけないと考えているのだ。自分自身に踏ん切りをつけるまで……心に他の女性が占拠する状態で君達の好意を受け取ることに激しい罪悪感を感じている。生真面目というか馬鹿正直と言うか、こと恋愛に関して言えばそう言う性格をしている。だから番たる君達を……言い方は悪いが拒絶している」
「死んだ相手でも?」
「死ぬ生きるというのは状態の1つに過ぎない。怪我をした、病気になった……そして死んだ。全て同じ、ただ魂を内包する器の状態を指しているに過ぎない。彼女は心の中で生きている。ソレが実に厄介だ」
「分からねぇな」
ぶっきらぼうに吐き捨てたルチルは再び眼下の街を眺め始めた。
「君が何を気に掛けているか、私も重々理解しているつもりだ」
ルチルは何も語らない。ただ、ボウッと眼下の街灯とその間を動く小さな灯りを見つめている。
「エンジェラの言葉を気に掛けているのだね。いや……君だけは最初からそうだった。他の姉妹達とは違い、君だけは寿命と言う大きな差を理由に彼に踏み込まなかった。君は、彼と同じかそれ以上に真面目なのだな」
「違うよ。耐えられないだけさ。好きになって、でも確実にアタシより先に死ぬ。それが耐えられない。今でもそうなんだ。死んだらどうしよう、もう会えなくなったら……」
「だから無茶をして欲しくなかった、目立ってほしくなかった。だけど彼の運命はソレを許さ……」
「あるいは、独占しておけばいいのかな?」
「おやおやぁ。ちょっと物騒な台詞が出て来たぞ?」
物騒な言葉に神は言葉を止めると、少々狼狽えた様子でルチルの背中を見つめる。
「別の空間に閉じ込めて、私だけのものにして……」
「あの……」
「例えば、だよ。別に今すぐそうするつもりは無い。それに、アイツはソレを望まない」
「そ、そうだよね。ウン……って今すぐ?あの、スイマセン不穏当な本音が隠しきれていないんだけども」
神、大いにたじろく。今のところ理性で抑えているが、どうやらルチルも他の姉妹と同じでちょっと危ない性格をしているようだ。
「ところで、質問に答えて欲しいんだけどな?」
「君達のところに送った理由は単純すぎて信じて貰えないかもしれないが、最初に見つかったからだよ。加えてもう1つ、地球人類の絶滅を回避したかった。君達からすれば納得しがたい理由である点は承知している」
「そうかい。別に気にしやしないよ。特に妹達はそんな事知っていようがお構いなしだ」
ルチルの反応にそうか、とため息交じりに吐き出した神は彼女と同じ光景を呆然と見つめる。
「君はどうする?」
ややあって、神が口を開いた。ルチルは何も語らない。ただ、眼下の光景をジッと見つめるばかり。視線は夜の闇に沈んだ市街地を明滅する光を追いかける。
「今は、このままでいい」
暫くして、意を決したルチルが答えた。迷いに満ちた答えだった。
「そうか、ならばそれで良い」
「良いのか?こんな中途半端な答えで?」
肯定する神の態度にルチルは驚いた。否定されると、そう思っていた心情が戸惑いとなって口から零れ落ちる。
「人は往々にして選択を前に足を止め、迷い、その末に停滞する。が、停滞が間違いとは誰も決めていない。人は自らの意志の赴くままに進むべきであり、君が自身の意志で停滞を望んだのならばそれは誰が何と言おうが正しい選択だ」
「そっちの世界の話だろ?」
「いや、何処も同じさ。ソレが君達に与えられた奇跡。だがそれを理解せず、曲解し、閉ざそうとする者達がいる」
「誰?」
「例えば人類統一連合。そして……」
「そして?」
「預言者。彼等の思想は歪んでいる。自らの為に他者の生き様を、可能性を閉ざす事を良しとする。人が生まれ、育つのは人が作り上げた文化という枠組みがあってこそなのに、彼等はソレを理解せず、破壊し、新たな文化を構築しようとする。しかも手段を選ばない。そんな世界に先は無い」
「でも強引さも時には必要じゃないか?」
「君は誰かを助ける為という理由で別の誰かを容赦なく殺す人間を信用できるか?人類統一連合の危険性は正にその一点に集約される」
ルチルはその言葉に何も答えない。
「だから許してはいけないのだ。君と話したエンジェラが不寛容を許さないのと同じく、だ。彼等は都合が悪ければそうやって自分以外の何かを切り捨て続けるだろう。人の世界は共同、協調で発展してきたのに、彼等もその世界の中で育まれたのに、自らを育み守って来たその枠組みを破壊しようとする。自らを育んだ環境を破壊したその先の世界で人は生きることはできない」
「その為に力を貸してくれるのか?」
「少なくとも預言者の存在を許す訳にはいかないという一点だけは信じて貰いたい」
「分かった」
一先ずではあるが、神は信頼に値すると確信したルチルは満天の星空、雲一つない夜空に見える星々へと目を向け――
「お前は、だからなんで勝手に俺の部屋に入ってくるんだ!!」
「だってぇ、寂しいんだモン。ね、一緒に寝ましょぉ?」
階下からの口論に大きなため息を空に吐き出した。ルチルは誰もいない屋上を一瞥すると部屋へと戻っていった。
※※※
――同日深夜
リブラの上空から二つの影が世界最大の都市を見下ろす。
「約束は守ってもらわな困るで」
片方の影がもう片方に向け語気を強めた。
「心外だな、ちゃんと守ってる筈だが?」
「先ずはアレから先や。わかっとるやろ?アレが如何に危険か、だから面倒になる事を承知であの男の身元を引き受けたんやで?アレと番の運命でなければ受け入れなんてせぇへんかったわ」
女の姿をした人影の語り口は酷く冷たく、微塵も熱を感じない。誰に向けた言葉か分からないが、少なくとも何らの感情さえも感じない程度には。
「その点には感謝しているし君の言い分も理解している。だが私にも事情がある」
「地球は滅びるべくして滅びたんやないんか?なんでそんなに肩入れするんや?」
女の返す言葉に男は黙る。
「アンタ、ちょっとばかし干渉し過ぎやで?」
「もしかしたら、私達の選択は間違っていたのではないかと、そう考えてね」
「やり直すには世界は広がり過ぎた。だからせめて目の届く範囲で、か。分からんでもないけど、約束は守ってもらわな困るで?」
「分かっている。だから彼女達のケアも行っているだろう?」
「それに異能の種、ええ傾向やで。彼には……いや、種にはこのまま栄養を吸って強うなって貰わな困るさかいな」
そう言うと二つの影は互いに視線を足元に下ろした。富裕層の住む上位区画とそれ以外の住む下位区画の二つに分かれた大都市リブラは魔術の力により夜であっても仄かに明るい。
蓄えた魔力により周囲を照らす街灯、至るところを走る石畳の道路は魔力に反応し僅かに輝く。夜の世界を克服するには酷く頼りなくか細い光だが、それでも現在の世界において夜をここまで照らす場所は他に存在しない。
「人類統一連合」
闇に浮かぶか細い光を見た男の影がポツリとそう呟いた。
「面倒なヤツやでホンマ。だけど、精々利用させて貰うわ。アレの為、そして種の為にな」
そう言うと女の影は消え、男の影だけが残った。直上に昇る月の淡い光に男の姿が照らされる。その顔は精粋で逞しい体つきとは真逆に酷く弱弱しい。
「仮初とは言え親子だろうに。が、私も同罪か。伊佐凪竜一……」
男は言葉を止めた。女の影が語る言葉が真実ならば種は明確な何かを糧に力を増しているという事になり、そして男も承知している。
「済まない。こんな筈ではなかったのだが……」
誰にも届かぬ懺悔を夜の闇に置き去り、男も何処かへと姿を消した。




