編入試験 ~ 長男アンダルサイト 其の3
「ほぉ……やるなァ!!」
遠くから男の声が聞こえた。近くで騒ぐ生徒達の大きな声よりもはっきりと、ソレでいて静かな声。
無意識のうちに本気で反撃していた。足に力を籠める光景が目に入った瞬間、思いきり地面を蹴り飛ばして突進、相手が蹴りぬく姿勢に入る前に胴体を殴り飛ばしていた。拳が胴体にめり込む感触、確かな手ごたえがあった。
「グゥ、クソッ……いい一撃だな」
驚いた。立てないと思っていたのに、だけどその男は立っている。
「嘘だろ?」
「アンダルサイト様が……」
「こ、これ以上はマズいですよ?エピドートさん、団長補佐の権限でどうにか止められませんか?」
「ムーリムリ。アレだけ乗り気なところを強引に止めたら私もアナタもただでは済みませんよ」
「エェ、そんなぁ……」
周りも驚いていた。が、その理由は俺とは違う。リブラと言う大帝国の皇子って超重要な立ち位置のアンダルサイトの身を案じるのは当然だ。
「エピドード、止めるなよ!!」
「止めやしませんよ。その代わり、面倒事は任せますからね」
「構わん!!」
が、当の本人は周囲の気持ちなど微塵も介さず、寧ろノリノリで戦闘を継続する。マジかよあの人、ホントに戦闘狂か何かじゃないのか。
「お前も今更止めるつもりないよなァ。じゃあ続けるぞッ!!」
同意を求めるアンダルサイトは回答を聞く前に動く。猛スピードで突進、そのまま拳を振り抜いた。空を切る拳が凄まじい勢いと衝撃を生む。ギリギリ回避できたが、やっぱりこんな攻撃を何度も喰らったら死ぬ。しかも完全にブチ切れてるのか加減している様子もない。
アナタの中の俺は妹さんの婚約者だよね?完全に勘違い何だけど、殺していいの?それとも死なないと思ってる?
「あ、有り得ない」
「幾ら素手とは言え、アンダルサイト様と互角以上に戦えるなんて、死凶かジルコン殿、後はエンジェラ様くらいかと思っていたのに、まだいたのか?」
「しかも見た感じ普通の人間だぞ?」
あぁ、目立ってる目立ってる。だけどもうこの状況じゃあどうしようもない。諦めて受け入れるしかない。
「加減をするなと言っているッ!!」
が、許してくれそうにない。攻撃にほんの僅かでも手心を入れた瞬間に怒号が飛ぶ。この男には相手がどれだけの力で攻撃しているか理解できているらしい。
何をもって判断しているか分からないが、本気の攻撃では何も言わないところを見れば少なくとも嘘をついている訳ではない。手心を加えるのは出来ない。勝つ負けるは成り行き任せだけど、信頼されないというのはマズい。
「ハハハッ。楽しいなぁ、お前もそうだろォ!!」
「一緒にするな!!」
「嘘を付け!!お前の身体は喜んでいるぞ!!戦いに、力を振るう度に心臓が熱く脈打ち、こらえきれない程の力が迸っているのが分らんのかァ!!」
「分かるかッ!!」
「なら理解させてやるよッ!!」
ストレートに凶暴な言葉だ。楽しんでいると、そう感じる。だけどそれは傷つける事を目的としていない、強さだけを求める単純な思考だと直感した。だが違うと、否定する感情を拳にぶつけた。ドン、ドンという衝撃が拳を伝うと、直後には腹や顔に鈍い痛みが走る。
強い。真面目に戦わないと死ぬ、殺される。曖昧だった感覚がはっきりと死の予感と言う輪郭を取る。
が、一方で心は揺らいでいる。本気で戦えば確かに信頼は勝ち得るかもしれないけど、確実に目立ってしまうから下手すれば依頼自体が流れる可能性もある。しかし何方かを取らねばならない。
「呆けている場合かッ!!」
ドンッ。一際大きな衝撃が身体を震わせた。辛うじて回避した攻撃は地面に大きなクレーターを生んだ。どうするべきか――いや、答えは決まっている。
本気で戦う。俺にも引けない理由がある。人類統一連合を野放しにすれば、この星も滅びた地球の後を追う。理由は違えども、確かな予感があった。そして、俺は自分自身の手でソレを止めたいと考えている。今はそれでいい、ソレを止めたいと強く願うと――
「何をしている!!」
ン?このシチュエーションは何処かで――
「げ!!」
「うわぁ……」
「こ、これはエエエエエエ、エンジェラ様!!」
「チッ、お前か」
あぁそうだ。妹君ですよ。鉄騎兵の時と同じですよ。しかしあの時と言い今日といい、タイミングが遅いよ。後ワンパターンじゃないコレ?
「何をしているんです、兄上?」
彼女は兄を一瞥すると俺を見つめながら背後にドスの利いた声を向けた。それは少なくとも兄に向ける視線じゃないよね。きっと俺に妹がいて、あんな視線を向けられたら再起不能に陥る自信があるよ。
「可愛い妹兼帝国監査役の婚約者がリブラ家に相応しいか確認していただけだよ」
「なるほど。で、結果は?」
「力は問題ない。取りあえず今日は引き上げる。興が醒めたしな」
そう言うとアンダルサイトは踵を返し、僧侶のお姉さんと一緒に引き上げていった。顔を見れば明らかに消化不良で不満そうだと一目で分かる程度に露骨だ。が、助かった。
「済みません。兄の性格は分かっていたのですが、もう少し強く注意しておくべきでした」
ぶっきらぼうに帰る兄の背中に大きなため息を漏らしたエンジェラは俺に心配そうな視線を向けた。いや、半分位は君のせいですよね?って言えませんでした。怖かったんです。
「これはこれはエンジェラ様。本日はご機嫌麗しゅうございます。して、本日はどの様なご用件で……」
「試験官。結果は?」
「は?へ?いや、えーとですね」
「合格か不合格かどっちだ?」
「ご、合格です。ハイ」
試験官はエンジェラに押される様にしどろもどろな態度で合格を告げた。なんか違和感あるなぁ。あの最初の試験官と言い、もしかして俺を合格させたくなかったのか?あの煮え切らない態度を見れば何となくそんな風に思える。実際、今もどうしてよいやらと困惑しっぱなしだ。
「結構。ならば以後の手続きは私が代わって行う」
正に鶴の一声。それまで煮え切らない態度を取っていた連中はエンジェラの言葉を聞くや一様に目を丸くした。
「いやいやいや、その様な雑事は我々にお任せください!!」
「そうか?ならば彼はもう帰らせるぞ?」
「は、はい。結構でございます」
試験官達、エンジェラに対し露骨なまでに低姿勢だな。けどまぁ何とか終わった。結局目立つなと言う約束は守れず、寧ろこれ以上ない位に派手に目立ってしまった訳だけど――どうやって言い訳しよう。




