編入試験 其の2
ヒュ、と細身の剣が額を掠めた。たった一撃、それだけで全てを察した。この男、俺を殺すつもりだ。理由は分からないけど、でも間違いない。周囲がざわつき始める。試験官の攻撃は尚も的確に喉、心臓と立て続け且つ正確に急所を狙った。回避しなければ確実に死んでいたぞ。
「おい、いいのか?アレ、訓練用じゃないだろ?幾ら何でも危険すぎじゃないか?」
「え、えぇ。でも、ホラ大丈夫ですよきっと」
いや、大丈夫じゃないだろ?次の試験官が隣の職員に声を掛けるが、しかし返事はにべもない。明らかに異様な雰囲気だが、どうやら試験は中断されないらしい。風向きが怪しくなってきた。何かがおかしい、そんな気配が漂う。
「ほらほらどうしたぁ。防戦一方ではとても合格なんて出せんぞ?」
「く、くそッ!!」
思わず口から文句が零れた。コイツ。口だけじゃない。的確な刺突攻撃を行ったかと思えば直後に距離を取る。コレが厄介だ。攻撃しようとしても次の瞬間にはもうその場所にいない。更にダメ押しで次の攻撃の構えまで取っている。
ヒットアンドアウェイ。急所を的確に狙う鋭く正確な攻撃に退避と次の攻撃の構えまでが常にセットになっていて、しかも淀みなく自然で素早い。流石に職員だけはある。だけど、合格できないはのちょっとまずい。
なら目立たない程度に一撃当てて昏倒させよう――と思った頃にはもう遅く、既に試験を見に大勢の生徒や教員が押し掛けていた。広めたの誰だよ?相手は手加減できない程度に強いのに、だけどこのままでは不合格。依頼の為にも試験合格は必須。どうする?
「隙ありぃ!!」
直後、大きな声と共に左肩に痛みが走った。避け損なった一撃は心臓への直撃こそ避けたもの左の上腕を貫いていた。視界に映ったのは血塗れの左腕。既にレイピアは引き抜かれており、次の攻撃態勢に移っている。
「おやおや。ジルコン殿の推薦と言うからどれほどかと期待していたんですが、これじゃあとても合格なんて出せませんねぇ」
試験官の勝ち誇ったような声が聞こえる。顔を見れば明らかにこちらを見下しており、更にその表情は生徒にまで伝播している。
誰もが中途半端な時期に学園の門戸を叩いた俺への不信感を露にしていたが、実力不相応と知るや興味なさげに引き上げたりニヤニヤと笑い始めたりと好き放題し始める。勘弁してよ、コッチだって約束とか色々あってこれ以上頑張れないのに――
「じゃあ、ここまでにしておきましょうか?」
「そうですか。評価はどんな感じでしょう?」
「とても合格なんて出せませんよ。この程度、最低レベルの生徒でさえこなせますよ?」
「いやいや。どう考えても無理じゃないか?試験は勝敗を見ているんじゃないんだろう?」
「え、えーとそれは……しかし、師範がそうおっしゃっている以上は……」
堪らずジルコンが助け船を出してくれたが、やはり状況は変わらないどころか悪化する一方。つーか、何で何時も何時もこうなるんだ?
「試験内容について俺は詳しくないのだが、何時もこんな厳しいのか?」
「い、いいえ。ジルコン殿。それは……」
「試験内容と評価は試験官に一任されています。例えば例年以上に入学希望者が多い場合は手厳しくしたり、そう言った加減が許容されているんですよ」
「それが推薦者に試験を行う理由か?」
「当然でしょう?こんな半端な時期に特別推薦と言う極めて異例の形で入学してくるんですよ?実力を正しく測る必要があると考えるのは別に不自然ではないでしょう?」
その言葉にジルコンは何も言わなかったが、代わりに俺を見つめると小さく頷いた。良いんですか?ホントに良いんですか?良いんですね?ルチルへの言い訳も任せていいんですね?ならッ――
「もうあと一回良いですか?」
そう言えばコイツはきっと受けてくれる。
「流石に精神力はあるようだ。が、ソレだけでは何とも」
「合格しますよ」
本来はこういう性格じゃないけど、でも四の五の言ってられない。だから、敢えて挑発した。すれば絶対に乗ってくる確信があった。
「ほぉ」
俺の言葉に試験官が露骨な不快感を露にした。同時にさっきまでとは明らかに違う、明確な殺意を俺に向ける。やはりコイツ、試験にかこつけて俺を殺すつもりだ。となれば、皇帝の依頼は何としてもこなさないと。多分、昨日までの一連の流れは敵に筒抜けになっている。本気でやらないと殺される。
俺も覚悟を決めると周囲が明らかにざわつき始めた。さっきまでの軽薄な空気は完全に消え失せ、試験を無視して殺気をぶつける試験官と俺を交互に見つめる。全員が察した。この試験は何かおかしいと。
「じゃあ、死ねよ!!」
ストレートすぎるだろ。本音を暴露した試験管が凄まじい速度で突進、同時に右手のレイピアを突き出した。
どれだけ目を凝らしても見えない。が、狙いが分かればどうとでもなる。コイツの攻撃は正確に喉か心臓を狙っている。今、俺はそれとなく喉をガードしている。となれば狙いは心臓。だけど攻撃から退避までの一連が桁違いに速いコイツの攻撃を避けただけでは勝てない。
「なッ!!」
あの動きを止める為には攻撃を回避しては駄目だ。俺はわざとレイピアを左手に突き刺させた。
「ちぃっ!!ってアレ、オイ……」
痛いのを我慢して左手に力を籠め、レイピアの柄をギュッと握り締める。コレでもう逃げられないだろ。
「ちょ、ちょい待った。ごうペプヴァーーー!!」
意味不明な言葉を叫びながら試験官が宙を舞った。力任せに右拳を試験官の面に叩き込むと、そいつは吹っ飛びながら人だかりの中に突っ込んだ。時折ピクピクと身体が動くが、あの状況なら立ち上がれないだろう。
「あ、あのぉ。だいじょうぶですか?」
「お、おい。気絶してるぞ!?」
「嘘でしょ?試験官を一撃!?」
アレ、何かマズいな。全員の視線が一気に俺へと集まった。誰もが信じられないと言った様子で俺を見つめている。生徒も、教職員も、試験官も――だけどジルコンだけは思い切り笑ってる。あのさぁ、アンタ行けみたいに頷いたでしょ?
「何の騒ぎだ」
不意の一言。空気が、急激に変わった。全員が俺を無視して声を見て、同時に硬直し、直立不動の姿勢で敬礼した。アンダルサイトだ。その男はそれまでの空気をたった一言で変えた。




